Index Top 第5章 戦争が始まる

第6節 破壊せよ!


 電動車椅子に座ったまま、ラインは息をついた。
 デウス・シティの北地区。デウス社へと続く大通り。周囲には十階建てのビルが並んでいる。しかし、戒厳令が敷かれているので、レジスタンス以外の人間はいない。警備官やイータの姿も見られない。
 ここで、戦争が始まる。
「オメガか……」
 ラインは前方で陣形を作っている部下たちを見やった。人数は三十人。
 全員が甲冑のようなパワードスーツをまとい、重火器を持っている。一見動きにくそうに見えるが、このスーツは装着者の動きを支援し、機動力を何倍にも高めるらしい。
「マスター!」
 誰かが声を上げた。
 通りの彼方から誰かがとてつもない速度で走ってくる。
 数秒して、陣形の二十メートルほど先で足を止めた。それは、一人の女である。しかし、人間ではない。右腕はなく、左手は金属でできていた。オメガだろう。
「あなたたちが、レジスタンスね」
 全員を見回し、オメガが淡々と言ってくる。問いかけるでもなく、確認するでもなく、決められたことだけを言うといった口調。
(ミスト博士の言った通りだ。レイ殿のように、人格はないらしい)
 胸中で呟き、ラインは右腕を上げた。
「戦闘開始!」
 だが、レジスタンスが攻撃を始めるより早く、オメガは助走もなしに跳び上がっている。三十メートルも。腰だめに構えた左手が、淡い白光に包まれた。
「ライン・ゴールドエッジ」
 レジスタンスを飛び越え、落下する先にいるのは――
「!」
 自分。
 オメガの手が電動車椅子を砕いた。他愛もなく、金属の部品が散らばる。
 その寸前に、ラインは辛うじて身体を横に投げ出していた。杖が乾いた音を立てて、地面に落ちる。地面を転がりながらオメガを見やると、壊れた車椅子から手を引き抜き、標的を自分に向けていた。
「マスター!」
「邪魔だ! どけぇぇぇぇぇぇ!」
 雄叫びは唐突だった。
 いくつもの見えない何かが空気を引き裂き、オメガの身体に命中する。それは爆発を起こし、巻き起こる爆圧はオメガを紙くずのように吹き飛ばした。
「おっさん! 大丈夫か!」
 声に顔を上げると、レジスタンスの陣形を突っ切り、ジープが走って来る。助手席に立っているのは、ノートゥングを構えたシリック。オメガを撃ったのもシリックだろう。姉のクキィがジープを運転している。
 ラインの横を通り過ぎざまに、姉弟はジープから飛び降りた。
 ジープが立ち上がりかけたオメガに激突する。否、オメガが左手だけでジープを受け止めた。しかし、それが隙となる。
「砕け散れぇぇぇ!」
 シリックがノートゥングを連射した。笛の音のような細い音を響かせ、何かが連続して発射される。しかし、それは実弾ではない。
 見えない弾丸は、地面やジープを大穴を開け、爆発を起こす。オメガが炎に呑み込まれた。炎と黒煙がオメガを包む。だが、シリックは銃撃をやめない。
「ラインさん」
 クキィが手を差し出してきた。その手を掴み、ラインは立ち上がる。一緒に差し出された杖を掴み、部下に指示を出す。
「全員、今のうちに態勢を立て直せ!」
 襲撃に動揺していたレジスタンスが、落ち着きを取り戻し、武器を構え直す。一応の戦闘訓練をしているとはいえ、レジスタンスは素人。実戦経験がないのだ。ミストの持ってきた特殊装備の扱いにも慣れていない。
 立ち上る煙を裂いて、オメガが飛び出してくる。その身体は、あちこちに傷が見られた。表皮が破れて、内部の金属構造が見えている。ノートゥングの射撃によるものだろう。しかし、動きに支障はない。
 それに応じて、レジスタンスの全員が武器を向けた――が、攻撃の余波が自分に及ぶ心配したのだろう。誰も攻撃してこない。
「私に構うな! 攻撃しろ!」
「やぁぁぁぁッ!」
 気合の掛け声とともに、クキィが赤青二本の光剣を構え、飛び出す。しかし、オメガの方が何倍も速い。クキィめがけて、手刀を放った。防げない。
 そこで、クキィが転んだ。躓いたのではない。自分から転倒したのだ。オメガの手刀が空を斬る。赤光が閃いた。オメガの右膝に、赤い光刃が突き刺さる。間髪容れず、青い光刃が膝の後ろを斬った。火花が散るが、切断するには至らない。
 それには一切構わず、オメガがクキィに貫き手を向けた。が。
 何十発もの徹甲弾が、オメガを吹き飛ばした。レジスタンスが放ったものである。
 オメガはレジスタンスから距離を取り、構えを取った。しかし、右膝の関節部分は完全に壊れている。今までのような俊敏な動きはできないだろう。
「奇襲……成功か?」
 ノートゥングを構え直すシリック。
 クキィは立ち上がりながら、レジスタンスに向けて叫んだ。
「みなさん。このオメガは再生能力を持っています。壊れた膝もしばらくすれば直ってしまうかもしれません。急いで、倒してください! 重要なのは、集中力とタイミングです。レイさんが言ってました!」
「我々は、このオメガを破壊する!」
 ラインは杖でオメガを示した。
「攻撃開始!」
 その合図に、レジスタンスとオメガが動き出す。

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13/7/7