Index Top 第1章 砂色の十字剣士

第6節 急ぐ理由


「わー」
 見事な手並みに感心したのか、パチパチとクキィが拍手をしていた。しかし、弟のことは心配していないらしい。心配するほどのことでもないが。
「うぐぐ……」
 上体を起こしたシリックは、顎を押さえて恨めしげに睨んでくる。不意打ちで顎を打ち上げられたのだ。手加減はしておいたので、骨に異常はないだろう。が、どのみち痛いことに変わりはない。
 酒の残りを飲み干し、レイはノートゥングの柄を差し出しながら、
「シリック――仮にもハンターを名乗るなら、もう少し気を引き締めたらどうだ? 隙だらけだ。これじゃ、素人にも勝てないぞ」
「何だと!」
 飛び起きるなり、シリックは右拳を突き出してきた。ケンカで鍛えたのだろう。それなりに速い拳ではある。が、素人の域を出てはいない。無駄な動きが多すぎる。
 レイに足を払われ、シリックは転ぶように床に倒れた。
「君たち、何ハンターなんだ? ハンターって言っても、色々あるぞ」
 グラスをテーブルに置き、クキィに問いかける。ハンターとは何かを探す人間を指す単語だ。しかし、ハンターと言うだけでは、何でも屋と変わらない。『バウンティー』ハンターなど、頭に探す対象を示す言葉をつけるのが通例である。
 クキィは口調ひとつ変えずに、答えた。
「AATハンターです」
「AATの意味は……分かっているのか?」
「アーティファクト・オブ・エンシェント・テクノロジーの略! 訳して古代技術製品! ロストテクノロジーとも言う! 人間がこの星にたどり着いた時代の、とんでもない科学技術を使って作られたものを指す!」
 跳ね起きながら、シリックが拳を握り締める。言っていることは正しい。AATハンターを名乗るだけあって、知識として知ってはいるらしい。しかし、具体的にどういうものかは理解していないだろう。
「そういえば、さっき仲間を探してるとか言ってたが……仲間を探すからには、どこかの遺跡に挑む気だよな……。危険度は?」
「Aだ」
「死ぬ気か。A級遺跡に挑むには、最低でも――十年は実戦訓練を積んで、高性能の重火器と支援装置で武装した人間が二十人はいる。初心者たった二人で、ノートゥング一本で挑むのは、無謀すぎる」
 こめかみに指を当てて、レイは首を振った。
 クキィがマントの中に手を入れる。
「コルブランドもありますよ」
 そう言って銀色の剣の柄を取り出した。刃はないが。
 クキィが手元を動かすと、ヴッと音を立てて青い光の刃が現れる。刃渡りは約九十センチ。根元の幅は五センチで、先端に行くほど細くなっていた。高密度エネルギービームと硬質フィールドで形成された刃。ビームソード・コルブランド。
「性質を問わず、あらゆる物質を切断することができる剣。軍用装甲板も紙のように斬り裂く。ノートゥングと同年代の骨董品だが、今でも超一級品として通用する、か」
 説明を並べてから、レイは言った。
「だが、どんな装備をしていても、素人がA級遺跡に挑むのは、むざむざ死にに行くようなものだ。初心者はC級遺跡で経験を――」
「オレたちにはやらなきゃならないことがある! ちまちまやってる暇はない!」
 ノートゥングを振り上げ叫ぶシリック。やはり、この姉弟には何かあるらしい。だが、それを訊くことはやめておく。自分が深く関わることではない。
「そうか」
 代わりに、レイは別のことを訊いた。
「で、遺跡の場所は分かってるのか?」
「ああ」
「交通手段は?」
「ぅ…………」
 黙りこむシリック。そこまで考えてはいなかったらしい。
 レイは額を押さえた。AATの眠っている遺跡というのは、砂漠の中にある。そこまで行くには、砂漠を移動できる乗り物が不可欠である。場所を知っていても、交通手段がなければ話にならない。勢いだけではどうしようもないのだ。
「分かった。俺がその遺跡まで連れていってやるよ」
「ありがとうございます」
 素直に礼を言うクキィに対し、シリックは疑いの目を向けてくる。
「あんた、やけに親切だな? やっぱり何かたくらんでるんじゃないか」
「別に何かたくらんでるわけじゃない。君たちを放っておけないだけだ。何のわけがあるかが知らないが、素人二人がA級遺跡に挑むのは危険すぎる。放っておいて死なれたら、目覚めが悪いからな」
 言いながら、奥の壁の方へと歩いていく。立てかけてあったテンペストを掴み、振り返った。姉弟を順番に見つめて、
「剣士たるもの、無謀な若者を放っておくわけにはいかない――」
「若者って……」
 シリックが半眼を向けてくる。口を尖らせ、
「あんた、オレたちとそんなに年変わらないだろ」
「……そう、だったな」
 思い出したように呟いて、レイはテンペストを担いだ。身体の向きを変えて、入り口の方へと歩いていく。
「街外れの駐車場に俺の車が置いてある。ついて来てくれ」
 そう言ってから、レイは入り口を出たところで足を止めた。店内の暗さに慣れていると、外の日差しは目に痛い。目蓋を下げながら。
 振り返らず、告げる。
「シリック。撃つ気もないのにノートゥングなんか構えるな」
「分かるのか、やっぱり。もし、ここでオレが引き金を引いたら、あんたはどうする?」
「引き金を引く前に、君を斬る。俺にはそれができる」
 返事はない。シリックがノートゥングを下ろすのが気配で知れた。無難な選択である。言ったことははったりではない。シリックが撃つ気配を見せていたら、腕ごとノートゥングを斬り落としてただろう。
「さ、行くぞ」
 言って、レイは歩き出した。

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12/9/30