Index Top 第1章 砂色の十字剣士

第7節 出発


 街外れの駐車場といっても、特別な建物があるわけではない。空き地に白線が引かれているだけである。レイの車は駐車場の端に停めてあった。
 使い古された、四人用の黒いジープ。屋根はない。荷台には、いくつもの荷物が詰まれている。箱詰めのものから、袋詰めのものまで色々あった。
「この車だ」
 言いながら、レイはかついでいたテンペストを荷台に乗せる。
「そういえば、レイさんって三十億の賞金首で、賞金稼ぎが後を絶たないんですよね。一緒にいたら、わたしたちも狙われませんか?」
 言葉の割に心配していない口調で、クキィが言ってきた。
「ああ。そんなことも言ったな」
 レイは思い出して呟いた。賞金首と一緒にいれば、仲間と勘違いされる可能性がでてくる。場合によっては命を狙われることもあるだろう。が、
「大丈夫だろ」
 レイは気楽に笑ってみせた。
「三十億ともなると――やってくるのは、さっきの自称賞金稼ぎみたいな自分の実力も分からない素人くらいだ。そんな連中、何十人束で来ようと俺の敵じゃない。稀に、重装備の玄人集団がやってくることもあるが、その時は他人のふりして逃げればいい」
「そうですか?」
 頷くクキィから目を離し、シリックに向き直る。
「遺跡はどこにあるんだ? 地図を持ってるのは、君だろ」
「ああ……。だけど、本当にあんたを信用していのか?」
「疑り深いな。だが、初心者はこれくらい慎重じゃないといけない」
 微笑しながら、レイは言った。世の中には親切を装い、初心者から金や装備を騙し取る輩というのはいるのである。慎重であることに越したことはない。
「ま。安心しろ。どうしても気に入らないなら、そのノートゥングで俺を撃てばいい。賞金額は三十億だ。一生遊んで暮らして、お釣りがくるぞ」
「だけど、ノートゥングで倒せるのか。あんたを――?」
「無理だな」
 シリックの指摘に、レイは即答した。
 たとえ、この至近距離から銃を向けられたところで、自分は引き金を引かれるよりも早く、シリックを打ち倒すことができる。距離があれば銃弾を避けるのは造作もない。いかにノートゥングでも、銃弾が当たらなければどうしようもない。
 レイは車の鍵を探しながら、言った。
「何にしろ、今さら情報協会に行っても、君たちに力を貸してくれるようなお人好しはいないぞ。どんな事情があるかは知らないが、君たちのやろうとしていることは、無謀以外の何ものでもないんだからな」
「分かったよ」
 観念したように呻いて、シリックはカバンから一冊のファイルを取り出した。厚さ一センチほどの黒いファイル。表紙の汚れ具合から、これも年代物だろう。
「何だ、それは?」
「オレの家に伝わる遺跡地図だ」
 言いながらページをめくり、ファイルを差し出してくる。
「ここだ」
「――西北西に車で三時間か」
 呟いて、レイはファイルをシリックに返した。遺跡は遠いわけではない。
 ふと気になって、レイは尋ねた。シリックが肩に担いだノートゥングを見つめ、
「ところで、シリック。弾丸は何発持ってるんだ?」
「百二十発だけど」
 シリックが答えてくるが。
「足りないな……」
 言って、レイはジープの荷台に置いてある箱を叩いた。ダンボール紙でできた破れかけの箱である。蓋を開けると、銃弾の入った紙箱がぎっしりと詰まっていた。
「これを使え。標準規格の銃弾だから、ノートゥングでも使える。白い箱に入ってるのが通常弾、青い箱に入ってるのが特殊な火薬と弾頭を使った貫通弾、赤い箱に入ってるのが弾頭に火薬を仕込んだ炸裂弾だ。A級遺跡に挑むには、節約しても銃弾五百発はいる」
「タダでくれるのか……!」
「俺は剣士だ。銃なんか使わない。銃弾なんて、あっても邪魔になるだけだから、残らず君にやるよ。どうせ、いつの間にか増えたものだし、俺にはこれがあるしな」
 と、荷台に乗せたテンペストを示す。
「これ、何なんですか? ただの剣じゃないですよね」
 クキィに言われて、レイはテンペストを掴み上げた。長大な外見とは裏腹に、重量は二千グラムしかない。無骨な形状をしているが、上手く重心が取られているため、片手でも両手でも扱うことができる。鏡のような直刃は、恐ろしいまでに鋭い。
「ああ。ただの剣じゃないよ」
 笑いながら、テンペストを荷台に戻した。この剣はただの長い剣ではない。扱いにくい十字架のような形も伊達ではない。クキィが思っているよりも特殊な剣である。武器としても、最強の部類に属するだろう。
 周りを見回しながら、レイは二人に告げた。
「いつまでも立ち話してても進まない。そろそろ出発するぞ。乗ってくれ」
 言われて、二人が後部座席に乗り込む。
 ポケットから鍵を取り出し、レイは運転席に座った。

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12/10/8