Index Top 第1章 砂色の十字剣士 |
|
第5節 白いキツネの名 |
|
「確かに、オレの住んでた村はド田舎だ。井戸は小さいし、周りは畑だらけだし、パソコンもないし、テレビもないし、一週間に一度貨物バスしか来ない。だけど、そこまで時代遅れしてるわけないだろ!」 テーブルを叩いて、シリックは怒りの声を上げた。田舎に行けば、情報の発信源から離れれば、必然的に遅れというのは出てくる。しかしこれは、そういう次元の話ではない。 「……時代遅れと言うより、まるで情報自体が遮断されていたような。君たち、ちゃんと新聞とか本とか読んでるか?」 「全然。活字なんて、絵本しか読んだことないな」 「わたしは毎週、週間新聞を読んでますよ。隅から隅まで。村にある本なら地図帳から辞書まで、暗記するくらい読みました」 鼻であしらう弟と、笑顔で頷く姉。対照的な答えを言う姉弟。あまりに分かりやすい返答に、その結末が手に取るように見える。 「もしかして、君の父親も……ついでに、祖父も、極度の活字嫌いなんじゃないか? ついでに、極度の勉強嫌いでもないか?」 「ああ。何で分かるんだ?」 「…………」 何も答えず、レイは視線を上げた。何となく青い空を見たくなったのだ。しかし、見えたのは茶色い天井だけである。店の中で空が見えるわけはない。 虚しさを感じて、ため息をつくと、 「ここからは推測だ。君たちの防弾コートと防弾マントは、クキィが通信販売で取り寄せた。シリックはカタログも見ずに、言ったのは好きな色だけ。クキィは、ハンターが情報協会で仕事を探すのを知っていたが、言う機会がなかった。どうだ?」 「当たりです。何で分かるんですか?」 信じられないとばかりに、クキィは口元に手を当てた。 しかし、シリックにとっては後半の方が大事だったようである。涙さえ流しそうな形相で、目元に涙を浮かべながら、姉に食ってかかった。 「って、姉ちゃん! 何で、ハンターが情報協会とかで仕事探すこと言ってくれなかったんだよ! 田舎者だって大恥かいただろ!」 「だって、あなたが『酒場で仕事探しだ』ってはりきってたから、言い出しにくくて」 「言ってくれよ――!」 言い合う姉弟を見つめながら、レイはグラスを手に取る。グラスに入っているのは、茶色の透明な酒。目についたものを取ったものなので、銘は知らない。ほのかに苦い味のする酒を半分飲み干してから、訊いてみた。 「君たち、まさか……名字は『ホワイトフォック』って言うんじゃないだろうな?」 「あんた、オレたちを監視でもしてたのか?」 シリックが呻くが、レイは薄く笑って、 「そうじゃないよ。旧友に、君みたいな奴がいてね。大の活字嫌いで勉強嫌い、何でもかんでも勢いだけで片付けようとして、いつも空回りして失敗する」 「その人、シリックにそっくりですね」 「オレって……そうなのか?」 クキィにまで言われ、シリックが胸に手を当てて、傷ついたように呟く。どうやら自覚はないらしい。旧友もそうだった。自分の性格に自覚を持っていない。 運命の偶然に感心しなが、レイは告げる。 「よし、これも何かの縁だ。俺が一週間だけ君たちの面倒を見てやる。君たち――というか、シリックを放っておいたら、何するか分からないからな」 「お金取るんですか?」 「いらないよ。俺は金目当てに何でも屋やってるわけじゃないし、君たちだってそんなに金持っていないだろ? 俺は金のない奴から金は取らない」 「ちょっと待て」 シリックが疑わしげな眼差しを向けてきた。ノートゥングを掴み上げる。姉のように、簡単には信用しないらしい。 「あんた、賞金三十億の国際指名手配犯だろ。信用していいのか? ただで面倒見てやるとか人の好さそうなこと言って、こいつが目当てなんじゃないか?」 「ノートゥング。骨董品の価値も含めれば、五十万にはなるだろうな。だが、心配することはない。俺は生活に不自由はしてないし、金にも困っていない。ついでに言えば、銃器にも興味がない。それに、奪う気なら、とっくに奪ってるよ。今からでも奪えるし」 「どうやって?」 「こうやって」 言うと、レイは右手でテーブルの端を下に押した。てこの原理で、反対側の端が勢いよく持ち上がる。それは狙ったように、身を乗り出していたシリックの顎に命中した。酒の入ったグラスを事前に左手で持っておくことは忘れない。 「ンが!」 間の抜けた呻き声を発して、シリックが椅子ごと仰向けにひっくり返る。背中から床に倒れ、持っていたノートゥングが床に転がった。それをレイが拾い上げる。 「分かったか?」 |
12/9/23 |