Index Top 第6章 鋼の書 |
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第9節 それは勇気 |
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「……資格か」 呟いて、一矢は鋼の書を開く。口元を引き締め、覚悟を決めた。テイルの言う通り、ここで立ち止まるような人間に、文章を書く資格などない――。 (やるしかない……か!) ディアデムが闇の剣を振り上げる。 「待て、ディアデム! こっちだ」 一矢は叫びながら、ディアデムの元へと走った。ディアデムはメモリアたちから目を離し、標的を一矢に変える。恐ろしく速い動作で、闇の剣を振り上げ―― 《一矢は右手に持った錠前を放り投げた。錠前がディアデムに触れた瞬間に、命じる。 「封印の錠前よ。彼の者の動きを封じろ!」 その言葉に応え、錠前から何本もの鎖が飛び出した。鎖は蔦のように伸び、ディアデムを縛り上げる。鎖に込められた未知の力が、その動きと力を封じ込めた。神気の輝きが消える。ディアデムは必死に動こうとしているが、動けない。 「この忌まわしき鎖が! 再び我を封じようとするか!」 左手から、闇の剣がこぼれた》 地面に落ちた闇の剣は、暗黒が消えて、白の剣に戻る。 (まだだ――) 一矢は唾を呑み込んだ。錠前だけでは力が足りない。放っておけば、鎖を引きちぎられてしまうだろう。ディアデムを封じるには、さらなる封印をかけなければならない。その封印の鍵となるものは―― 「メモリア!」 「何、イッシさん」 言いながら、メモリアが駆け寄ってくる。 一矢は、メモリアの持っている鍵の杖を目で示した。これは、シギが眠っていた洞窟に置いてあった――まさしく鍵である。シギの封印に関係あるのだろう。あろうとなかろうと、鋼の書を使って関係を作り上げる。 「メモリア。その鍵で、シギの錠前の鍵をかけてくれ」 「え!」 驚くメモリアに、一矢は安心させるように言った。 「大丈夫だ。僕が鋼の書で助ける!」 「うん。分かった」 力強く頷くと、メモリアは鍵を持ってディアデムの元へ走っていく。 「………!」 そこで一矢は気づいた。錠前の鍵穴とメモリアの鍵とでは、大きさが合わない。これでは錠前に鍵をかけることはできない。しかし、物語は進んでいる。 ぎりぎりの思考の中で、一矢は展開に変更を加えた。 《ディアデムを縛める鎖が軋みを上げている。引きちぎられるのは、時間の問題だろう。その前に、封印の鍵をかけなければならない。 「小娘……その鍵は!」 目を剥いて、ディアデムが鍵を見つめた。 瞳に強い意志を灯し、メモリアは鍵を握り直す。 「ディアデム……シギさんに戻って!」 「錠前よ。封印の鍵の前に、鍵穴を示せ!」 一矢の言葉に応え、錠前から黒い影が浮き上がった。影は、メモリアの目の前へと移動する。それは鍵穴だった。封印の鍵を差し込むための鍵穴。 虚空に開いた鍵穴に、メモリアが鍵を差し込む》 「それを右に回してくれ!」 一矢に言われるまま、メモリアは鍵を回した。 《ガシャン、と鍵がかかる音。 「我は、再び、封じられるのか……!」 ディアデムが最後の咆哮を轟かせる。 メモリアは鍵穴から鍵を抜いて、後ろに下がった。 鍵穴が消え、ディアデムの動きが止まる。封印が完成したらしい。鎖に縛められた巨大な身体が縮み始めた。シギがディアデムに変化していった過程を逆回しにするように、ディアデムがシギに戻っていく。 その身体を縛っていた鎖が、錠前に吸い込まれた。残った鎖は一本。首にかかったものだけである。シギがディアデムへと変化するのを封じる、最後の一本。 元の姿に戻ったシギは、うつぶせに倒れた。意識を失っている》 「シギさん!」 メモリアが慌ててシギに駆け寄った。 「終わったようだね」 辺りを見回し、アルテルフは呟く。ハドロは倒した。エイゲアはディアデムによって倒されたはずである。ディアデムはシギに戻った。残すことはない。 「やればできるじゃない」 鋼の書を見つめて、テイルが微笑む。 「ああ」 呟いて。 一矢はばたりと仰向けに倒れた。 空には無数の星が瞬いている。 |
12/8/5 |