Index Top 第6章 鋼の書 |
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終章 |
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アルテルフが実験机に置かれたティーカップを持ち上げる。 「ようやく終わったよ」 中央科学研究所のアルテルフの部屋。アルテルフの屋敷は根こそぎ破壊されてしまったため、新しい屋敷が建つまでここを自室兼研究室として使うらしい。 「ハドロを監禁した部屋は、この街で最も厳重な監獄だ。並の人間には脱出不可能。それに封力結界が張ってある。監獄内で魔法を使うこともできない。駄目押しに、重武装させた警備兵を二十人、見張りに立たせている」 「で、これからあいつをどうする気なんだ」 椅子に座り直し、シギが尋ねる。ずっとここに監禁しておくわけにもいかない。かといって、この国の裁判ではもみ消されるかもしれない。 アルテルフは微笑んで、 「国際裁判所に引き渡すよ」 「国際裁判所?」 と、メモリア。 アルテルフは口の端を上げると、 「三十五ヵ国国際同盟が直接行う超最高裁判。主に、国家単位で行われた不正を裁くのに使われる。裁判が行われるのは別の国だから、この国の政府も手を出せない。ハドロは罪を弾劾される。国際裁判の判決に死刑はないけど、懲役五百年以上は確実だね。ハドロは一生刑務所から出られないだろう」 嬉しそうに語る。 「一週間後に、国際裁判所の護送員が来るはずだ。彼らは常に五人以上で行動し、なおかつ戦闘技術も達人級。被疑者が実力行使で逃走を図った場合、被疑者への攻撃も認められている。ハドロが護送員を振り切って逃げることはできない」 言い終わると、アルテルフは音も立てずにお茶を飲み干した。空になったカップを一回転させ、受け皿に戻すと、 「つまり、ハドロは終わりだ」 勝ち誇った口調で、呟く。 次いで、一矢が口を開いた。シギとメモリアに向けて、尋ねる。 「これから、あんたたちどうするんだ?」 問われて、二人は顔を見合わせると。 「もう研究所に追われることもないし、誰かと戦うこともない。気楽な放浪を始めるよ。とりあえずは、メモリアの故郷にでも行ってみるか」 「みんなの顔も見たいし」 笑顔でメモリアが続ける。メモリアは孤児院から無理矢理クオーツ研究所に連れてこられたのだ。ひさしぶりに友達の顔が見たい気持ちも分かる。 が、気になることもあった。 「でも、白の剣とあんたの封印は大丈夫なのか?」 その言葉に、シギの表情が厳しくなる。 白の剣の力と、魔獣ディアデムの力は危険極まりない。腰に差した、鋼鉄の鞘に収められた白の剣の柄に触れながら、シギは言ってきた。 「このストーリアに、こいつらを制御できる奴はいない。俺は白の剣が奪われないように、錠前の封印が解かれないように、細心の注意を払うだけだ」 単純に考えて、これより優れた方法はないだろう。これは一矢の力の及ぶところではない。自分たちで何とかするしかない。 「で、お前らはどうするんだ?」 問われて、一矢はテイルを見やった。 「物語は完成したわ。いつでも元の世界に帰れるわよ」 「そうか……」 呻いて、椅子から立ち上がる。それは嬉しくもあり、悲しくもあった。長いようで短い時間だったが、一緒に過ごした仲間と今生の別れとなる。 「イッシさん。この世界で、わたしたちと一緒に旅を続けない?」 寂しそうなメモリアの言葉に、心が揺らぐが…… 一矢は首を横に振った。 「僕はこの世界の人間じゃない。元の世界に戻らなきゃならない」 「でも、もう二、三日はここにいてもいいんじゃないかい?」 アルテルフの言葉に、我知らず涙がこぼれる。 椅子から立ち上がり、一矢は三人に背を向けた。 「そんなことしてたら、元の世界に戻りたくなくなる。今すぐ帰るよ」 告げてから、自分自身を引っ張るように歩き出す。 「イッシ」 「イッシさん」 「一矢君」 部屋を出る直前に、一矢は一度だけ振り返った。シギ、メモリア、アルテルフ。その顔を記憶に焼き付けるように見つめてから、笑う。 「さようなら……!」 部屋の扉を閉めた。 中央科学研究所の屋上。 そらは青く透き通ってる。太陽は、西に傾き始めていた。空には、白い綿のような雲がいくつか漂っていた。風はない。 一矢は目の前に浮かんでいるテイルを見つめた。鋼の書を開き、 「鋼の書に、『終わり』って書けば、僕は現実世界に戻れるんだな」 「そうよ」 テイルが肯定する。 一矢は続いて問いかけた。 「この世界は、物語から独立して、現実世界になれるのか?」 「なれるわ。あなたが物語を完成させたからね」 笑いながら、テイルが答える。自分で作った物語が完成し、この世界は現実となる。これからは、文章に書かれない新たな物語を刻んでいくだろう。それがどこへ進むか、自分の知るところではない。 思いついて、一矢は問いかけた。 「この世界が現実になって、僕が元の世界に帰って……君はどうなるんだ?」 「消えるわ」 テイルの答えは、実にあっけない。 「そうか……」 一矢は目を伏せた。それはある程度覚悟していたことだが、実際に本人の口から語られると、寂しいものがある。 しかし、テイルは気丈に笑って、 「大丈夫、気にすることはないわ。これは決まりなのよ。物語が始まった時から、消えることは覚悟していたわ。あなたと一緒に過ごした時間は短かったけど、楽しかった」 しかし、その目にはうっすらと涙が滲んでいる。 涙に霞む目をこすり、一矢は言った。 「僕が物語を完成させられたのは、君のおかげだよ。君の助けがなかったら、物語はきっと破綻していた。ありがとう」 「もうお話はお終わり――」 テイルは言った。何かを吹っ切ったように笑いながら、 「さあ、現実世界に戻って」 「ああ……」 一矢は鋼の書を開いた。テイルを見つめ、最後の言葉を書き込む。 「ありがとう。テイル」 《終わり》 |
12/8/12 |