Index Top 第6章 鋼の書 |
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第8節 白い魔獣 |
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見やると、手を振りながらメモリアが走ってくる。どうやら、呪符を破壊したらしい。 アルテルフが両手で印を切り、呟いた。 「リザレクション」 一矢の身体を青い輝きが包み、身体中の傷が見る間に消える。左肩の傷も消えた。全快とは言わないまでも、体力も回復する。結界は破壊されていた。 一緒に自分の傷も治したらしい。アルテルフは太股に巻いた包帯を取る。刺された傷はなくなっていた。毒も消えたようである。 「ハドロ所長はやっつけたの?」 「見ての通りだ。倒したよ」 言いながら、一矢は鋼の書を拾い上げた。表面についた埃をはたき落とす。 「あとは――」 ふっ……と。 一矢は、周囲の気温が下がったような感触を覚えた。 瓦礫の山が黒く染まり、溶けるように消滅する。 それに続いて、白い魔獣が姿を現した。 戦いは終わっていない。 「シギ……」 自分の手違いから生まれた怪物ディアデム。左手には、暗黒そのものを固めたような長大な剣を持っている。始め持っていた大剣とは形が違った。大きさと色を別にすれば、白の剣と同じ形である。 「彼をどうするかだね……」 アルテルフの冷静な声をよそに。 ディアデムが暗黒の剣を地面に突き立てる。音はない。地面が黒く染まり、暗黒が影のように伸びてきた。瓦礫や草も黒く染まる。 猛烈な戦慄を感じながら、一矢はメモリアの手を掴んで、横に逃げた。テイルも後を追ってくる。アルテルフは気絶したハドロを担ぎ上げ、暗黒から逃げた。 ディアデムが暗黒の剣を引き抜くと、黒く染まった部分が跡形もなく消滅する。 「この剣は我が命、闇の剣。全てを否定するもの。闇の刃に触れたものは、どんなものであろうと消滅する。我の邪魔になるのは鋼の書……使い手とともに消えてもらう!」 「―――!」 一矢は全力で左へと跳んだ。受身を取って立ち上がると、立っていた場所が地面ごと消滅している。自分に向けられた殺気に、背筋が凍りついた。 (闇の剣……) あまりの恐怖に、身体が動かない。相手は人間ではない。想像を絶する力を持った怪物。自分の手から離れ、闇の剣というさらなる力を手にしている。 (こんな怪物相手に、どうすればいいんだ!) 自分の無力さを思い知らされる。どうすることもでない。 「一矢!」 テイルの声。ディアデムが闇の剣を地面に突き立てる。 《一矢は、自分めがけて伸びてくる闇を、立て続けに飛び退きながら、躱した。闇の剣が地面から引き抜かれると、闇色に染まった部分が消滅する》 (正攻法も、奇襲も、はったりも……捨て身も通じない!) 震える右手を、一矢は左手で押さえつけた。鋼の書をどう使っても、ディアデムには傷ひとつつけることすらできないだろう。逃げるのが精一杯である。 ディアデムが闇の剣を振り上げ。 「フリーズ・ランス!」 「ホワイト・ブリッツ」 メモリアの放った冷気の槍と、アルテルフの撃ち出した白い弾丸が、ディアデムの左肩を凍りつかせた。ディアデムの動きが止まる。 「一矢! 鋼の書であいつを何とかしなさい! 暴走させたのは、あなたなんだから!」 飛んできたテイルの言葉に、一矢は悲鳴じみた叫びを返した。 「何とかしろって、どうすればいいんだ……! 倒すことはおろか、動きを止めることもできない……。鋼の書を使っても、僕の力じゃどうにもならない……!」 ディアデムがゆっくりとメモリアとアルテルフに向き直る。 一矢は絶望的にそれを見つめた。このままでは、メモリアもアルテルフも殺される。自分にそれを止める力はない。いずれ、自分もテイルも殺される。 物語は破綻するだろう。 ならば、ここで物語を終わらせてしまおうか。甘美な誘惑が心をくすぐった。 「どうせ終わるなら、どこで終わっても同じだ――」 独りごち、終わりを書くべく鋼の書を開く。 が。 テイルがそれを邪魔するように、鋼の書の上に降りた。両腕を広げて、 「待ちなさい! ここで物語を終わらせる気! きっと何かディアデムを止める方法があるはずよ。諦めないで! 考えて!」 「くっ!」 懇願するように言われて、一矢は目を閉じ、やけ気味に鋼の書に文章を書き込んだ。 《ディアデムはメモリアとアルテルフを睨んだまま、動かない》 時間稼ぎをしてから、考える。時間はない。 記憶を辿りながら、一矢は鋼の書のページをめくった。この世界は自分が無意識に作り上げた空想の世界。今は、自分の手を離れ勝手に動いてる。テイルはそう言っていた。 「?」 何かが見えた……ような気がした。 ならば、逆も言えるのではないか。この世界は勝手に動いているが、あくまでも自分の作った空想の世界なのだ。今までも、勝手に話が進んでいるように見えて、滞りなく続いている。この世界は小説なのだ。小説はどんな事態に陥っても、必ず先に進む。先に進まない小説はない。ならば、この窮地も何か打開する方法があるはずだ。 打開する方法を―― 一矢はふと思い出した。ほんの小さな手がかりだが。 「これか……?」 マントのポケットから、錠前を取り出す。シギが首から下げていた錠前。シギに施された最後で最強の封印。これを使えば、ディアデムを止められるかもしれない。 かもしれないが…… ハドロを倒したのとはわけが違う。今までの文章は、物語の流れから作ることができたが、ここから先は完全な創作となる。ディアデムを封印する方法は無から創造するしかない。上手くいく保障はない。 「できるのか……僕に?」 その問いに答えたのはテイルだった。拳を握り、断言する。 「できるわ! 自分を文章を信じなさい! はっきり言わせてもらうけど――ここで立ち止まるような人間に、文章を書く資格はないわ!」 |
12/7/29 |