Index Top 第6章 鋼の書 |
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第3節 魔封じの罠 |
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「ハドロ所長、何をしたの?」 困惑したように、メモリアが回りを見やる。いつの間にか、杖の先に灯った明かりが消えていた。暗くなったように感じたのは、そのせいだ。 「何か、致命的なことをしたのは、確かね」 緊迫した口調でテイルが言う。 「デッドエンド・プリズン。別名、封力結界。高度な儀式型の魔法だよ。魔力による巨大な結界を作り出し、魔法、気術、特異能力の発動を封じる。発動していたものも、強制的に停止させられる。人間がこの結界を破ることは不可能。まさか、こんなことをするとは思わなかった……」 「魔法が使えなくなるの!」 メモリアの声に答えたのは、ハドロだった。 「そうだ。お前たちの主力は、アルテルフが使う拳銃。だが、その弾丸は魔法で具現化したものだ。魔法の発動を封じれば、拳銃は使えなくなる」 ――俺たちにとって致命的なものを見抜いて、必ずそれを罠として仕掛ける―― シギが言っていた罠とは、このことだった。ハドロは自分と戦う相手を、シギではなく一矢たちだと見抜き、攻撃の要である拳銃を封じたのである。それだけではない。メモリアの魔法による援護射撃も、防御も回復も封じた。 だが。 「魔法を封じたら、お前も戦えなくなるだろ――」 一矢はハドロを見据えた。ハドロの主力も魔法である。それを自分で封じたのだ。自分の首を絞めているようにしか思えないが。 「ハドロは、腕の立つ戦士でもある。魔法がなくとも、戦えるよ」 アルテルフが言った。頬には冷や汗が流れている。 薄笑いを浮かべながら、ハドロは一本の槍を取り出した。長さも形も標準的だが、穂先は赤く染まっている。燃える炎のように。それを見やり、 「この結界には、例外がある。あらかじめ魔力、神気を定着させたものは、その効果を停止させることはできない。この魔法は、あくまで一時的な発動を封じるものだ。つまり、この魔槍――ヒートスパイクの効果は消えない」 言って、槍を構えた。炎の槍ヒートスパイク。 ハドロは魔法が使えなくとも、接近戦ができる。魔法武器も持っている。対して、自分たちは接近戦の技術を持っていない。武器といえば、一矢が持つ刀と短剣だけだ。短剣には神気が込めてあるが、槍に対しては明らかに力不足。 ハドロが駆け出す。原稿用紙を持った一矢に向かって。 だが、その前にアルテルフが立ち塞がった。 「あなたの相手は、僕だ。右目の借りは返す」 ハドロは槍を突き出す。その穂先をアルテルフは左手で掴んだ。 「正気か?」 「当然」 右手を覆う手袋が燃え、金属の魔法義手がむき出しになる。ハドロは息を止めてその腕を見つめた。まさか義手だとは思わなかっただろう。アルテルフは槍を掴んだまま踏み込む。振り上げた右足が、ハドロの顔面をかすめた。 爆音が地面を揺らす。ディアデムとエイゲアの戦いは続いていた。 「僕を甘く見ないでほしい」 半歩後退するハドロを見据え、アルテルフが凄絶に微笑む。格闘術の経験もあるらしい。つくづくただ者ではない。前進とともに、左の正拳を放った。 ハドロはアルテルフの右に回り込み、槍を突き出す。アルテルフは左腕を持ち上げ、赤い穂先を受け止めようとした。金属の義手は盾にもなる。 しかし、ハドロは唐突に槍を回転させ、石突を突き出した。石突には、先が針のように尖った小さな刃がついている。変則攻撃用に、細工したのだろう。石突の刃はアルテルフの腕をすり抜け、胸に突き刺さる。 一矢は咄嗟に、原稿用紙を見つめた。 《アルテルフの顔が歪む。しかし、刃は青い長衣を貫くことはできなかった。ただの布ではないらしい。アルテルフが作った特殊生地なのだろう。見ると、槍の穂先を掴んだ左手の袖も燃えていない。焦げ目もない。 槍を振り払い、アルテルフはハドロに肉薄した。 「はあっ!」 全身の筋肉を弓のようにしならせ、左の拳を矢のように撃ち出す。硬い金属の拳がハドロの頬を直撃した。ゴキリ、という鈍い音。奥歯が折れたらしい。 ハドロは冗談のように殴り飛ばされた。五メートルほど宙を舞い、地面に落ちてから、五メートルほど転がる。手から放れた槍が地面に刺さった。 脳震盪を起こしたのだろう。ハドロは立ち上がれない》 一矢の手から放れた原稿用紙が、ハドロの元へと飛んでいく。 様子を見るように、アルテルフが後退した。 一矢はアルテルフに目をやる。この実力ならばハドロを倒すこともできるだろう。 《だが、そこ でア ル テル フ は 倒れ た。 右の 太もも に細 い短 剣が刺さっ てい た。そのたん 剣に は、しん きが こめら れ ていた 。くわ えて ちしせい もうど く が ぬ ら れ て》 パキッ。 「一矢!」 テイルが叫ぶ。干渉された気配に視線を転じると―― 地面に倒れたまま、ハドロが鋼の書に文章を書き込んでいた。近くに、折れたペンが転がっている。さっきの乾いた音はペンが折れた音らしい。脳震盪状態で書いた文章など、読めるようなものではないだろうが、鋼の書はそれを文章と認めた。 「………ふっ………」 鋼の書を上着にしまい、ハドロは力なく立ち上がる。折れた歯と血を一緒に吐き出し、不気味な笑みを浮かべた。落ちた槍の方へと歩いていく。 |
12/6/24 |