Index Top 第3章 時間の埋め方

第5節 強力な武器


 街外れにあるアルテルフの家。
 家というよりも、屋敷である。二階建てで、屋根はくすんだ赤色の三角形、石造りの壁は所々に細い蔦が張り付いていた。屋敷としては小型の方だが、普通の家より数倍は大きい。屋敷の前は、公園ほど広さの何もない庭になっている。
 その庭で……
「はあッ!」
 全力の踏み込みとともに、一矢は右手に持った刀を突き出した。しかし、銀色の刃は空を切る。刀の先には誰もいない。残像だけが残っていた。
 標的であるシギは、最小限の動きで左に動いている。
 一矢は刀を引き戻しながら、退いた。しかし、シギの動きは一矢のそれよりも数段速い。間合いを詰めながら、開いた左手を突き出す。
 その手の平が、一矢の胸に触れた。触れたようにしか、見えなかったが。
「―――!」
 息が止まる。
 衝撃は感じない。ふわりと浮き上がるような感触を覚えて、気がつくと一矢は地面に倒れていた。青い空に雲が浮かんでいる。
 顔を上げると、シギは両腕を下ろして、何事もなく佇んでいた。
 痛む胸を押さえながら、一矢は立ち上がる。自分とシギとの距離からするに、五メートルは突き飛ばされただろう。ただ触れただけで五メートルも吹き飛ばすとは、人間技とは思えない。シギは人間ではないが。
「太刀筋も、踏み込みも、剣の持ち方もだいぶよくなったな」
 腕組みしながら、シギが言った。
 一矢は近くに落ちた刀を拾い上げ、鞘に収める。
 ハムト・カウに着いてから、今日で一週間。アルテルフが白の剣を調査している間、やることもないので、一矢はシギから戦い方を教わっていた。
 何度も打たれ倒され、身体は傷だらけになっている。
「大丈夫、イッシさん? そろそろ回復しようか?」
 特訓を見守っていたメモリアが、声をかけてきた。背中には鍵の杖を背負っている。研究しても成果は得られないだろうと、アルテルフに返されたのだ。
「それにしても、一矢――」
 メモリアの肩に座ったテイルが、感心したように言ってくる。
「あなたって、見かけによらず体力と根性あるわねー。朝から四時間、みっちり休憩なしで特訓続けてるなんて」
「鋼の書を使って戦う危険性は身を以て知ったからな。鋼の書を使わずに戦うには、特訓しかないだろ。幸い、傷はメモリアの回復魔法で治せる」
 そう言って、一矢は刀を抜いて正眼に構えた。
「行くぞ、シギ」
「ちょっと、いいか」
 戦闘態勢を緩めて、シギが呟く。
「なあ、イッシ。俺はこれまでお前の熱意に押されて剣術を教えてきたが――お前、一体何と戦うつもりなんだ?」
「これからやって来る敵に決まってるじゃないか。ハドロは僕たちがここにいることを知ってるんだろ? だったら、近いうちに何か攻撃を仕掛けてくるんじゃないか」
 刀を鞘に納めて、一矢は答えた。攻撃を仕掛けられれば、自分だけ何もしないわけにはいかない。そのためには、自分は強くならなければならない。前の襲撃の時のように、自分だけやられるわけにはいかないのだ。
「それは間違ってないんだが……」
 シギは決まり悪そうに口を動かす。
「前の黒装束みたいな擬似生物ならともかく、ハドロが次に出してくる駒にはお前の剣は一切通じないと思う。言っちゃ何だが、剣の特訓をしても、意味はない」
「………」
 一矢は黙り込んだ。
 シギが言ったことは、自分でも分かっている。ついこの間まで、現実世界で生きていて、ナイフの一本も握ったことのない素人が、この空想世界の敵を相手に戦えるわけがない。剣術の特訓をしていたのは、それを認めたくなかったからだ。
 腰の刀を見つめて、一矢は悔しげに呟いた。
「やっぱり、僕は見てるしかないのか?」
「そうなるな――」
 シギはため息をつくと、左手を上げる。その手を白い神気が包んだ。この世界の者だけが使える特殊能力。その神気を見せるように、左手を一矢の前に突き出してくる。
「お前のいた世界はどうだか知らないが、この世界の戦いには神気や魔力が不可欠だ。これが使えないと、三流の相手としか戦えない」
 言い終えると、神気が消えた。手を引き戻す。
 思いついたように、シギが言った
「鋼の書を使えば――」
「無理ね」
 手を振って、今度はテイルが即答する。
「鋼の書を持ったまま武器を振り回すなんてできないし、一矢が鋼の書を手放したら、あいつらは迷わず鋼の書を奪うわよ。それに、鋼の書を使っても、できないことはできない。それはあなたも知ってるでしょ」
「ああ……」
 シギが呟く。
「僕は何もできないのか?」
 無念を噛み締め、一矢は呻いた。これから敵がやって来ても、自分は戦うことはできない。身を守れるかすら怪しい。
「イッシさんが気術か魔法覚えたら、何とかなるんじゃないかな?」
 指で頬をかきながら、メモリアが提案してくる。
「それは、無理だな」
 否定したのは、シギだった。
「気術も魔法も、資質がなきゃ使えない。この世界に生まれた奴は、どちらかの資質を生まれながらにして必ず持ってるが……別の世界から来たイッシが、その資質を持ってるとは思えないな」
 淡々と言ってくる。
(もしかしたら……)
 ここで鋼の書を使っていれば、自分が気術か魔法を使えるという設定を作れていたかもしれない。だが、それは無駄な行為だろう。たとえ資質なしで特殊能力を使えるという設定を作っても、習得には時間がかかりすぎる。
「あ、そうだ」
 メモリアがぽんと手を打った。何か思いついたらしい。
「イッシさんの剣に、シギさんが神気を込めておくのはどう? これなら、気術を使えないイッシさんでも、斬れ味のいい剣が使えるよ」
「そうだな……」
 シギは考え込むように呻いて。
 かぶりを振りながら、息を吐いた。
「できないことはないが、効率が悪い。俺がその剣に神気を込めても、三時間もすれば神気は全部散って消えちまう。それに、神気は攻撃するたびに消耗する。神気を込めた直後の剣でも五、六回斬れるかどうかだ」
「拳銃でもあればな……」
 一矢は何の気なしに口にする。特殊能力が当てにならないのならば、自分が扱えるか否かを別にしても、拳銃くらい威力のある武器が欲しい。もっとも、この世界に肝心の拳銃があるとは思えないが……
 シギが言ってきた。
「拳銃なら、手に入らないこともないぞ」

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12/1/29