Index Top 第3章 時間の埋め方

第4節 一矢の切り札?


「次は、鋼の書だ」
 言って、一矢に目を向けてくる。
 その視線に促されるように、一矢はマントのポケットから鋼の書を取り出した。それを机の上に置く。現実を書き換える、鋼の書。自分をこの世界へと引きずり込んだ原因。
「これが、鋼の書か。思ったよりも普通だね」
 鋼の書を手に取り、珍しげに眺めながら、アルテルフが呟いた。伝説からもっと凄いものを想像していたのだろう。本を開いて、中身に目を通す。
「……あちこち文字が読めないところがあるけど、僕が読むに連れて、文字が書き足されていく。伝説通りの鋼の書だね」
 嬉しそうに言ってから、鋼の書を差し出してきた。
 一矢は鋼の書を受け取り、眉を下げる。しかし、アルテルフはその仕草に気づかなかったらしい。好奇心のこもった声で言ってきた。
「では、鋼の書を使ってみせてくれないかい?」
「それはできません」
「なぜだい?」
 訊いてくるアルテルフに、一矢は首を振る。
「鋼の書を使って現実を書き換えても、使った本人しかそれが分からないんです」
「正確には――」
 と、テイルが声を上げた。食べかけの砂糖菓子を左手に持ったまま、アルテルフの目の前まで飛び上がる。空いた右手で鋼の書を指差すと、
「他人が干渉されてることに気づくような乱暴な文章は、そもそも書けないのよ。それに、一矢は鋼の書を使うのを怖がってるし」
 言って、砂糖菓子をかじる。
 アルテルフが訝しげに訊いてきた。
「鋼の書を使うのが怖いと?」
「はい……。一昨日、鋼の書を使って戦って、大怪我を負ったんです。鋼の書は諸刃の剣。だから、不必要に使いたくないんです」
 一矢は視線を逸らし、答えた。鋼の書は傍から見れば万能のようでありながら、限界というものが存在する。不用意に使えば、どんな反作用が返ってくるか分からない。それは、身を以て知らされた。
「そうか……なら、鋼の書は僕が預かっておこう」
「駄目よ!」
 アルテルフの意見を、テイルが即座に切り捨てる。砂糖菓子の最後のかけらを口に入れて机に着地すると、口を動かしながら器用に声を上げた。
「鋼の書は、使い手である一矢が持ってなきゃならないの。たとえ信用できる人物でも、鋼の書を渡すわけにはいかないのよ。鋼の書は、誰でも使えるんだから」
「誰でも使える?」
「そうよ。念じるだけで文章を書き込めるのは一矢だけだけど、他の人でも鉛筆なり万年筆なりを使えば、文章を書き込めるんだから」
 机の上を歩きながら、説教するようにテイルが告げる。
 アルテルフは顎に手を当てると、
「それは感心できないね。ハドロの手に渡ったら、何に悪用されるか分からない。しかし、一矢君にしか使えない鋼の書を、なぜ僕に見せたんだい?」
「ここに来る前は、あんたに鋼の書を調べてもらって、ハドロに対するもうひとつの切り札にしようと思ってたんだが――」
「鋼の書は、一矢が持ってなきゃならないのよ。見せるくらいならいいけど、調べたりするなんて、もっての外よ!」
 シギの言葉に、テイルが念押しする。
「そうか、残念だね」
 アルテルフは言葉通りの口調で呟くと、自分の机に置いてあった白の剣を触った。
「でも、この白の剣はしっかり調べさせてもらうよ」
「なら、剣の調査は頼んだぞ」
 言って、シギは椅子から立ち上がった。長時間座っていて疲れたらしい。背筋を伸ばすように身体を動かすと、部屋の扉の方へと歩いていく。
「行くぞ。メモリア、イッシ、テイル――」
「行くって、どこに行くの?」
 メモリアが訊くと、シギは左手を上げて、
「宿だよ、宿。剣の調査が終わるまでは、この街にいなきゃならないだろ」
「そういうことだったら」
 笑顔で、アルテルフが割り込んできた。
「街外れにある僕の家に泊まってくれないかい。連絡しやすいし、調査結果も伝えやすいし。あと、家にあるものは自由に使ってもらって構わないから。今、地図を書くよ」
「ああ。ありがとう」
 シギの礼を聞きながら。
 アルテルフは懐からメモ帳と鉛筆を取り出した。


 シギたちが部屋を出て行き――
 机の上に残された、白の剣を見つめる。
 何の力も感じないというのに、生物の持つ能力や力を増大させる効果がある。だが、それは剣の持つ力の一部に過ぎない。この剣の持つ真の力はもっと奥深くにある。これは、強力な旧世界の遺産だ。
「これを調べるなんて、僕一人の力じゃ無理だな」
 呟いて、剣を抱え上げる。見た目よりも重くはない。
 あとは何も言わぬまま、部屋を後にした。

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12/1/22