Index Top 第3章 時間の埋め方 |
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第3節 シギの切り札 |
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「――!」 返事が返ってきたことに、一矢は肩を跳ねさせた。 振り返ると、部屋の入り口にアルテルフが立っている。扉を開ける音は聞こえなかった。いつ入ってきたかは分からない。そのことに、既視感を覚える。 アルテルフは机の横まで歩いてくると、持っていたトレイを机の上に置いた。ほのかに甘い香りのするお茶を配り、砂糖菓子の入った器を置く。 「では、事情を説明してくれないかい? 君たちの脱走から、鋼の書の使い手をここに連れて来た経緯が気になる」 トレイを窓際の机に置いて、アルテルフは言った。 シギは思案するように天井を見上げて、 「まず、始めに言っておく。俺は人間じゃない」 「それは、知っているよ」 アルテルフはあっさりと言ってのけた。虚を突かれたシギをよそに、自分の分のお茶をひょいと掴み上げ、音も立てず飲み干す。空のカップをテーブルに置くと、 「君は十年前に、北のララヌ氷洞で発見された。その時、君は意識もなく、未知の力が込められた鎖でがんじがらめにされていた。鎖を破壊し、君を運び出すのにかかった時間は十日。君はクオーツ研究所に運ばれ、調査を受ける。君が人間を超える力を秘めていることを知り、所長のハドロ・クオーツは戦闘用生物の研究を思いついた。意識を取り戻した君は、研究所で気術と戦闘技術を教え込まれたが、一年前に研究所を破壊して脱走」 すらすらと滞りなく言ってみせた。まるで、全てを見ていたかような口振りである。 シギは睨むように、アルテルフを見据え―― しかし、言葉を発したのはテイルだった。砂糖菓子をかじりながら、 「あなた、やけに詳しいわね……」 「ここはセノゼザン地方の中心に位置する技術都市ハムト・カウ。僕がいる場所は、その中心にある中央科学技術研究所。ここには、裏表問わず科学や研究に関する噂が集まるんだよ。それに、僕はクオーツ研究所を弾劾するために、独自の調査も行っている」 両腕を広げて、アルテルフは答える。国営研究所が行っている研究の、その秘密裏の部分を個人で調査するとは、並外れた度胸と神経だ。それでいて、表向き何の報復もないとなると、並外れた策士でもある。 「さて、シギ君。脱走する時に、君は研究所から何を奪ってきたんだい?」 「ひとつはこの鍵の杖だ」 問われて、シギは机の上に置いてあるメモリアの杖を指差した。 長さは約百四十センチ。材質は銀色の金属のようである。シギの言う通り、まさしく鍵の杖だ。杖の頭には四角い水晶が取り付けてあり、その水晶を挟むように三対の棒が枝のように伸びている。反対側には、正方形の歯がふたつついていた。 「こいつは、俺が眠ってた部屋に置いてあったらしい。何かあると思って持ち出したんだが、何の力も感じないし、使い方も分からん。見た目が杖に似てたから、メモリアの杖の代わりにしてた」 「扱いが乱暴ね」 テイルが呻くが、シギは聞いていない。 「本命はこっちだ」 言いながら、細長い鉄の箱を叩く。 その箱を眺めて、アルテルフが率直な感想を言った。 「蓋がないね」 「中身が分からないように密閉して、強力な気術の封印をかけてある。生半可な力じゃ、開けるどころか、傷をつけることもできない」 言いながら、シギは左手を上げる。その手の平に、白い光が灯った。神気。力任せに箱を破壊するのかと思って見ていると―― シギは箱の上に左手を乗せた。 「神封解印!」 箱の表面に白光が走る。それで、気術によってなされた封印が解けたらしい。鉄の箱は、展開するように広がり、ばらばらになった。 中から出てきたのは、一本の剣である。 「これは?」 白い石でできた両刃の大剣。刃渡り百センチほどの幅のある肉厚の直刃は、柄部分と一体になっている。装飾の類は一切なく、作りは極めて無骨で地味である。その形状は、白い石の剣というよりも、剣の形をした白い石と表現する方が正しいだろう。 「連中は白の剣って呼んでた」 「白の剣――」 繰り返しながら、アルテルフが剣を掴み上げた。片手で軽々と持てるところを見ると、見かけによらず軽いらしい。鑑定するように目を細め、剣を眺めならが、 「これは、材質からするに、旧世界の遺産のようだね」 「旧世界の遺産?」 訊き返したのは、黙って話を聞いていたメモリアと一矢だった。世界設定と話の流れから、ある程度は予想できるが、具体的にどのようなものなのかは気になる。 「それを説明するには、旧世界の説明をしなければならない」 剣を机に置いて、アルテルフは生き生きと声を上げた。人に何かを教えるのが好きなのだろう。自分の得意分野を教える教師のように、得意げに説明を始める。 「今から三千年もの昔、このストーリアには高度に発達した文明が栄えていた。この文明があった当時を旧世界と呼ぶんだ。当時の技術水準の高さは、現在とは比べ物にならない。目に見えないほどの極小の機械や、破壊不能とまで呼ばれる金属、あらゆる怪我や病気を治す医術。今では信じられないようなことが、平然と行われていたと言う」 「でも、何で今はないの?」 左右に首を動かし、メモリアが素朴な問いを発する。 (これは、見当がつく) 一矢は声を出さずに呻いた。旧世界。いわゆる、超古代文明。ファンタジー小説の王道である。王道であるならば、その結末も想像がついた。 その通りのことを、アルテルフが口にする。 「世界規模の大戦争が起こり、滅んでしまったからさ。歴史には『旧世界の終焉』と記されている。旧世界の超技術によって作られた兵器の数々は、文化も知識も技術も、全てを破壊してしまった。それを辛うじて生き延びたのが、僕たちの祖先なんだよ――」 間を取るように息を吸ってから、話を戻した。 「しかし、旧世界に作られた物の中には、戦争でも破壊されず、三千年の時を経て現代まで残っているものもある。それが、旧世界の遺産さ。無論、数は少なく、大半が用途不明だけど、様々な意味で大きな価値を持っているんだ」 言い終わってから、机の上に置いた白の剣を見やる。 「とはいえ、この剣からは何の力も感じないね」 「これも、俺のいた部屋に置いてあったらしい。何の力も感じないってのに、こいつは生物の持つ力や能力を増大させる効果がある。何かすればその効果を引き出せるようになるようだが、その方法までは知らない」 唸るように言ってから、息を吐く。 「だが、生物を強化させるのは、この剣のほんの一部の力に過ぎないと思う。この剣の真の力は、もっと奥深くにある。それを突き止めてくれないか。今まで会った科学者は無理だったが、あんたならできる。その力が、ハドロたちに対する切り札になるはずだ」 「分かったよ」 アルテルフは笑顔で頷いて、白の剣を自分の机の上に置いた。 |
12/1/15 |