Index Top 第1章 主人公を探せ

第7節 作り出される敵



 クオーツ魔道研究所の所長室にて、ハドロは奥歯を軋らせていた。
 机の上には、二人の写真が置かれていた。シギとメモリアである。この二人は研究所に保管されている研究の要となるものを奪い、脱走していった。早急に捕まえ、奪われたものを取り返さなければならない。
 だが、二人の居場所が分からない。消息を絶たれてはや十ヶ月が経つ。その間、手がかりのひとつも見つからない。今どこにいるかも分からない。
「あの二人、一体どこへ行った……!」
 ハドロは誰へとなく唸った。この二人は必ず捕まえなければならない。
 いきなり、返事が返ってくる。
「彼らなら、ここから西に四日ほど行った所にあるカーントという街にいます。明日からはクレイン街道を北に向かうでしょう」
「ッ! 誰だ!」
 叫びながら、ハドロは振り返った。懐から三枚の呪符を取り出す。相手が敵ならば、迷わず攻撃できる態勢だ。人間一人を消し飛ばすのはそう難しくはない。
 視線の先に立っていたのは、年齢の分からない男だった。若いといえば若いが、老けているといえば老けている。身につけているものは黒い服と、黒い帽子。いつ、どうやって入って来たのか分からない。この部屋の鍵は閉めてあるし、窓も閉めてある。だというのに、男は音も気配もなくそこに佇んでいた。
「何者だ……貴様?」
 警戒の声を発すると、男は首を左右に振って、
「残念ながら、正体は明かせません。少なくとも、あなたの敵ではありません。かといって、味方というわけでもありませんが」
「………?」
 戦闘態勢を崩さず睨んでいると、男は別のことを言ってきた。
「私はあなたに情報を与えるために現れました。あなたの探している二人は、鋼の書の使い手と出会い、行動をともにしています」
「鋼の書!」
 この世の全てが書かれた本。その本に書き込んだことは全て現実となる。異世界より使い手とともに現れ、この世界の運命を自在に操る。
「貴様……。なんでそんなことを俺に教える? 目的は何だ……!」
「私の目的は物語を面白くすることです」
 芝居じみた動作とともに、男はよく通る声で言った。
「物語を面白くする、だと?」
 ハドロは呪符をかざした。この男の言っていることは意味不明である。その正体も分からない。おかしな動きを見せたら、躊躇なく攻撃するつもりだ。が……
「あなたに関係のあることですが、理解はできないでしょう」
 超然とした口調で、男が言ってくる。ハドロは何も言い返せない。それどころか、口を挟むことさえできない。話を聞くことしかできない。
 男は音もなく詰め寄ってくると、
「問題はこれからあなたがどう動くかです」
 人差し指を立てて、続けてくる。
「ここで黙って手をこまねいているか――それともシギたちに攻撃を仕掛け、奪われたものと……伝説の、鋼の書を手に入れるか」
 そう言うと、男はハドロから離れた。
「鋼の書は、書き手の意思を現実に反映します。無茶なことは書けませんが、あなたが鋼の書を手に入れれば、世界を制することさえ可能でしょう」
「………」
 饒舌に男は続ける。
「しかし、鋼の書を奪うのは極めて難しいですね。鋼の書の力は、敵味方問わずに発揮できる上、効果はごく自然に現れます。自分が鋼の書に干渉されたことに気づくことは、まずできません」
 それで終わりだと言うように、指を左から右に動かした。踵を返して、部屋の扉の方へと歩いていく。ハドロは何もできない。
 部屋の扉を開けたところで、男が振り返ってきた。
「この物語の半分はあなたにかかっています。では――」
 謎の言葉を残して、扉が閉まる。
 そこでハドロはようやく我に返った。
「おい。貴様!」
 部屋の扉を開けて左右を見やる。が、男の姿は見当たらない。
 男が部屋を出て、自分が扉を開けるまで、約一秒。その間に廊下から姿を消すことはできない。だが、男は忽然と消えていた。
「何なんだ? あの男は――」
 扉を閉めて、ハドロは机へと戻った。机の上には、シギとメモリアの写真。この二人は今、カーントの街にいる。鋼の書のの使い手とともに。
「まるで俺に、鋼の書を手に入れろって言っているみたいだったな……」
 男の話は疑わしい。嘘である可能性の方が高い。信用する材料は何もない。だが、自分はそれを信じている。
 伝説にまで謳われる鋼の書。
 手に入れる価値はあるだろう。

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11/10/23