Index Top 第2章 進み始める世界 |
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第1節 これからに備えて |
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馬車の荷台は居心地が悪いというわけではないが、とりあえず床は硬い。 一矢たちを乗せた馬車は、キステミ街道と交差するクレイン街道を北に向かって進んでいた。道の両側には、膝丈の細い草が生い茂っている。それは風に吹かれて、波打つように動いていた。 御者台には、シギとメモリアが座っている。一矢は荷台に座って足を伸ばしていた。大きさの違う木箱が置かれてはいるが、座る広さは十分にある。広いとはいえないが。 「なあ、テイル」 「どうしたの?」 一矢の声に、テイルが訊き返してきた。今は一矢の肩に座っている。体重が極端に軽いせいで、不用意に浮いていると、風に流されてしまうらしい。 一矢は開いた鋼の書を見つめた。それを、テイルに見えるように持ち上げる。これは自分には分からない。テイルにしか分からないだろう。 「ここから……」 と、宿で食事に行くことが書かれた行を示してから、一矢はページをめくり、 「ここまで」 第二章の文字を示す。その間――宿で食事に行った時から、第二章が始まるまでが白紙になっていた。何も書き込まれていない。 「何で、白紙なんだ?」 「誰かが、別の場所で何かしたみたいね。前にも言ったけど、読めるのは視点の中心にいる人だけ。あなたじゃない誰かが、ここで動いたのよ」 言われて、一矢は白紙のページを見つめた。ここで誰が何をしているのか。敵なのか味方なのか。知りたいが、知る手段がない。 一矢は御者台にいるシギに声をかけた。 「なあ、シギ」 「何だ?」 肩越しに、振り返ってくる。カチャリと、首飾りの錠前が鳴った。テイルとの会話は聞こえていなかったらしい。一矢は一緒に振り返ったメモリアにも目をやり、 「あんたたちは、何に巻き込まれてるんだ? 昨日、『俺たちの旅は危険だ』とか言ってたけど。一緒に旅を始めたんだから、教えてくれないか?」 訊かれて、二人は顔を見合わせた。元の小説では、何もない放浪旅だったが、この旅はそんな悠長なものではない。二人の様子からそれが知れる。 シギが言ってきた。 「詳しくは話せないが、俺たちは追われてるんだ。今のところ何もないが、いつ襲撃されるか分からない。だから、お前について来るなって言ったんだ」 「でも、今さら僕は逃げられない。はっきり言って逃げたいけど、逃げられない。僕は、あんたたちの物語を完成させないといけないんだから。最後までついて行く」 毅然と一矢は言い放った。戦いや襲撃、怪我から最悪の死まで、この世界では何が起こるか分からない。だが、進むしか選択肢がない。逃げ道はない。 「その襲撃のことなんだけどさ……」 肩に乗っているテイルが呟く。世間話でもするように、 「多分近いうちに来るわよ」 「何?」 シギが眉を動かした。メモリアも不安そうな顔をする。 テイルは一矢が左手に持った鋼の書を示し、言った。 「鋼の書に、空白のページがあったのよ。一矢にもあたしにも読めない部分がね。これは、あたしたちに関係ある他の誰かが、何かしていた証拠。あなたを追ってる連中が何かしたんだと思うわ。心当たりない?」 シギは独り言のように呟く。 「ハドロだな」 「ハドロ?」 シギの呟きに答えたのは、メモリアだった。 「わたしたちを追いかけてる人たちのボスだよ。一度は撒いたってシギさんが言ってたんだけど、何とかしてわたしたちの居場所を突き止めたみたい」 「イッシ、お前は襲われると分かってても……」 「逃げられない……」 シギの言葉に続けるように、一矢は呻く。ここで逃げたら、物語を完成させることはできない。一生、現実世界に戻ることはできないのだ。 「そうか……」 告げられて、シギは思案するように視線を落とす。 一矢は思いついたことを口にした。 「そういえば、武器とかないか? 剣でも槍でもいいから」 鋼の書をマントにしまいながら尋ねる。襲撃にあった時に、自分だけ何もしないわけにはいかない。武器があれば、身を守るくらいはできるだろう。 「武器か……」 シギは人差し指で眉をこすりながら、 「俺もメモリアも、武器なんて使わないからな。ここにある武器は、ひとつしかないぞ。荷台に置いてある細長い箱に入ってたと思うが……。何が入ってるかは、忘れた」 言われるままに荷台を探すと、忘れ去られたように置いてある細長い木箱があった。引っ張り出してみると、長さは百センチ強。幅はない。入っているのは、刀剣の類だろう。 一矢は木箱を開けようとして、 「待ちなさい」 テイルに止められた。一矢の肩から飛び降りて、木箱の上に着地する。蓋を開けるのを止めるように。指を動かしながら、言ってきた。 「この箱には何が入ってるかは、決まってないのよ。ぼろぼろに錆びた剣とかだったら、どうするの。鋼の書を使いなさい」 「分かってるよ」 呻いてから、一矢はマントから鋼の書を取り出し、開いた。 |
11/10/30 |