Index Top 第1章 主人公を探せ

第6節 物語は進み始める


「それにしても……」
 シギが言ってくる。悩んだような口調で、
「鋼の書と一緒に異世界から来たって言われても、俺にどうしろって言うんだ? 前にも言ったと思うが、俺は異世界の行き来の方法なんて知らないぞ」
「戻る方法は分かってる」
 一矢は言った。真剣な眼差しでシギを見つめる。この物語の主人公である男を。
「だから、手伝ってくれるだけでいい」
「手伝って言われても、俺たちにもできることとできないことがあるぞ」
 両腕を広げて、シギは言った。何か無理難題でも言われると思ったのだろう。だが、元の世界に戻る方法は至って簡単である。
 一矢は鋼の書を示し、告げた。
「鋼の書でこの世界に引き込まれた人間は、何かの物語を完成させることで元の世界に戻ることができる」
 シギはメモリアに目をやった。メモリアが頷くのを見てから、言ってくる。
「嘘じゃないようだな。で、俺たちにどうして欲しいんだ?」
「あんたたちの旅に同行させて欲しい」
「――!」
 告げられて、二人は緊迫した表情でお互いに見つめ合った。その態度から、二人に何かあることが分かる。その何かまでは、分からないが。
「それは、やめた方がいい。俺たちの旅は危険だ」
「だけど、あんたたちの旅に同行して、物語を完成させないと、僕は元の世界に帰れない。危険は承知の上だ。それに……実を言うと、僕は今お金を持ってない。あんたたちに見捨てられると、寝ることはおろか食事もできない……」
「………」
 一矢の言葉に、シギは複雑な表情を見せた。胸元の錠前に手を触れる。同行を認めるべきか、否か。どうすればいいか、迷っているのだろう。
 ぱたぱたと手を振りながら、テイルが続きを言った。
「あなたたちに何の事情があるかは知らないけど、こいつと一緒にいると色々と便利よ。何しろ、この世界でただ一人鋼の書の使い手なんだから」
「そうだが……」
 呻きながら、シギは顔をしかめる。
 それを見ながら、一矢はこっそりと鋼の書を開いた。
《しばしして、シギは観念したように息を吐く。貫くような視線とともに、
「よし、分かった――。お前が俺たちの旅についてきたいなら、ついてくればいい。言っとくが、命の保証はできないからな」
「ああ。覚悟はできてる」
 シギの視線を受け止め、一矢は力強く頷いた。これから何が起ころうと、逃げ出すわけにはいかない。自分は必ず現実世界に戻るのだ》
「ねえ……」
 部屋に置かれた二つのベッドを眺めながら、メモリアが呟く。自分とシギ、一矢を順番に見つめてから、
「誰がベッドに寝るの? ベッドは二つしかないよ」
「俺が床で寝る。新しい部屋を取る金はない」
 シギが即答した。一矢とメモリアを見やり、
「お前らが、ベッドで寝ろ。イッシは特に疲れてるだろ?」
「ああ……。ありがとう」
 今までの疲労を思い出し、一矢は頷いた。現実世界からこの世界に飛ばされ、半日も歩いて、神経を使う会話――。現実世界で同じようなことをしたら、動けなくなっていただろう。今動けるのは、文章に疲労のことを書かなかったせいに他ならない。
「んじゃ、食事にいくか」
 部屋を出て行くシギに続きながら、一矢は思った。
(これから、どうなるんだ……?)
 一人歩きした小説の世界。一体、どこへ向かうのか。

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11/10/16