Index Top 序章 本の世界 |
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第1節 案内者 |
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「え?」 一矢は道の中央に突っ立ったまま、辺りを見回す。 「何で僕はこんな所にいるんだ?」 道の両側には、鬱蒼とした森が広がっていた。高い木々が幾重にも生い茂り、どこか神秘的ともいえる雰囲気を醸し出していた。森の奥からは、木々のざわめきに混じって、鳥のさえずりや虫の鳴き声などが聞こえてくる。 道幅は広く、馬車が数台並べるだろう。 ついさっきまで、自分の部屋にいた。なのに、今は森の中にいる。 「これって、夢か?」 と思うが、夢ではない。地面に触ってみても本物の土である。近くの木や草を触ってみても紛れもなく本物だった。頬を叩くと、痛い。 「夢じゃ、ないよな……」 自分の手を見つめて、呻く。これは、紛れもなく現実だ。 現実だが――なぜこんなことになったのか。常識では考えられない。 「ん?」 一矢は視線を移した。 傍らに、銀色の本が落ちている。小説の使者とやらに渡された本。この本に文字を書き込んだ途端、ここにいた。原因として考えられるのは、ひとつしかない。 「この本か……」 呟きながら、本を手に取ろうとすると。 パシッ! と音を立てて、金属の表紙から何十本もの細い糸が飛び出してきた。色は様々。それらは、空中に小さな人の姿を描き上げる。 それは、いわゆる妖精だった。身長は二十センチくらい。外見は、十代半ばの少女である。肩まで伸びた草色の髪に、意志の強さを感じさせる紫色の瞳、ゆったりとした水色の服を着ていた。靴は履いていない。背中には透明な羽が四枚生えている。 妖精は目が覚めたかのように背伸びをしてから、目をこする。何かを探すように左右を見回してから、一矢に言ってきた。 「あなたが、新しい鋼の書の挑戦者ね?」 「はい?」 一矢は訊き返した。妖精は空中に止まったまま、繰り返す。 「だから、あなたが鋼の書の挑戦者なんでしょ?」 「鋼の書って、何だ?」 「………」 お互い見つめあうこと、約十秒。 驚いたように目を丸くし、妖精が訊いてくる。 「もしかして、何も知らないで本に触れたの……! あなた……?」 「ああ」 一矢は頷きなが、本を拾い上げた。本に触れたというのは、文字を書き込もうとしたころだろう。何も知らないで、ということは、この本には何かあるらしい。この状態で、何もないということもないが。 「説明してくれないか――? ここはどこなんだ? 僕に一体何が起こったんだ? どうやったら、元に戻れる?」 「質問が多いわね……」 不満そうに呻きながらも、妖精は答えてくる。一矢が手に持った本を示し、 「この本は『鋼の書』っていう、生きた本よ。これに文字を書き込んだ人は、自分が作った小説の世界に引き込まれる。そこまではいい?」 その言葉を咀嚼するように頭の中で繰り返してから、一矢は呻いた。 「ってことは、ここは僕が書いた小説の中なのか?」 「そうよ。ここはあなたが無意識に作り上げた空想の世界。今は、あなたの手を離れて勝手に動いてるけどね。言っとくけど、空想でもここにあるものは全部本物で、起こってることも全部現実よ」 人差し指を回しながら、妖精が解説してくる。 小説の使者と名乗る男が言っていた生きた文章とは、このことだったのだろう。まさしく、この文章は生きている。全てが本物であり現実なのだ。 「どうやったら、元の世界に戻れる……!」 「物語をひとつ完成させれば、戻れるわ」 妖精がこともなげに言ってくる。 その姿を見つめたまま、一矢は気の抜けた声で尋ねた。今まで何とも思わず話していたが、自分が話している相手は…… 「そういえば――君、誰?」 その質問を待っていたかのように、妖精は胸を張り、 「あたし? あたしは鋼の書の案内者――テイル。この世界であなたを案内するのが役目よ。分からないことがあったら、何でもあたしに訊いてちょうだい。ばしっ、と答えてあげるから!」 言われた通り、一矢はさっそく分からないことを訊いてみた。 「なら、どうやって物語を完成させるんだ? ちゃんとした物語なんて、その辺に転がってるものじゃないぞ」 「だから、その本があるのよ」 テイルは鋼の書を指差した。 「開いてみれば分かるわ」 言われる通りに、鋼の書を開く。 |
11/8/28 |