Index Top 序章 本の世界 |
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第2節 この世界のルール |
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「――え!」 一矢は目を見張った。そこには、自分がここに飛ばされてから、たった今までの行動や会話が文章として書かれている。文章は見ているうちに、書き足されていた。 「何だ、これは?」 テイルは周囲を示すように腕を動かして、 「この世界は文章でできてるのよ。その文章は、鋼の書に書き込まれる。逆に、鋼の書に書き込まれたことは、現実になる。これが、この世界における根本的な法則よ」 「書いたことが実現する、か――」 ならば、適当に物語を作り上げて、現実に戻ることができるだろう。 が、気づいて一矢は呟いた。服やズボンのポケットをぱたぱたと叩き、 「でも。書くもの、ないぞ……」 「書くものはいらわないわよ。鋼の書は、強く念じるだけで文章を書き込むことができるんだから。できるのは、あなただけだけど」 「むう」 頷いて、自分の格好を見下ろす。普段着のままこの世界に飛ばされたため、まともな格好をしていない。靴は履いてないし、上は半袖の白いシャツしか着ていない。 一矢は開いた鋼の書を見つめ、強く念じてみた。 《 しかし、何も現れない。 「何も起こらないぞ? それに何だ、この線……」 鋼の書を見ながら、一矢が呻くと。 「言い忘れてたけど、鋼の書に書けるのはあくまでも『小説の文章』よ。できないことはできないし、ないものは出せないし、矛盾したことも起こせないし、設定に反することもできない。ようするに、文章としておかしい文章は、書いても取り消し線が引かれるわけ。それと、書ける最大量は十行よ。つまり、四百字、原稿用紙一枚分。あとは……鋼の書に文章を書き込むには、鋼の書を開いてないと駄目だから」 一矢の頭の周りをくるくると回りながら、テイルが言ってくる。それは、普通に小説を書くのと同じ手間がかかるということだった。手抜きはできない。 テイルの動きを見ながら、一矢はぼんやりと考え…… 《空いていた左手をひょいと伸ばした。説明に夢中になっていたテイルが、その手の中に飛び込むようにぶつかる。 一矢は手を握って、テイルを捕まえた》 「こういうことはできるのか」 納得していると、左手の中でじたばたと暴れて、テイルが叫んでくる。 「こらぁっ! ちょっと、あなた何やってんの! こういう冗談をやるために鋼の書はあるんじゃないのよ! 早く、放しなさい!」 手を開くと、テイルは羽を動かし一矢の手の届かない所まで逃げていった。近くにいると、また捕まえられると思ったらしい。 服や羽を気にしながら、ぶつぶつと言ってくる。 「はい、これ――」 テイルが指揮棒を振るように手を動かすと、空中に茶色のブーツと半袖の上着、古びたマントが現れた。それらが地面に落ちる。 一矢は現れたものを見つめて、呻いた。 「君は、魔法か何か使えるのか?」 「違うわよ。これは、本からの支給品みたいなものよ。一回だけだけど、作られた世界に相応しい服が貰えるの。その格好じゃ変でしょ?」 と、テイルは一矢の格好を示した。さっき自分が服を出そうとしたのと同じことらしい。この世界で現実世界の服装はおかしい。それに、裸足で外は歩けない。 「ちなみに、あなたが書こうとした小説が別の小説だったら、この服も別のものになってたし、あたしも違う姿で現れてたよ。性別や性格も違ってたわね」 「………」 テイルの話を聞き流しながら、一矢はもそもそと服を着込み、マントを羽織った。マントの内側には、いくつかポケットがついている。自分の姿を見下ろしてみると、貧乏な旅人といった感じだ。 「これから僕は何をすればいいんだ?」 「物語に不可欠なのは主人公でしょ? まずは主人公を見つけないと」 「主人公……ねえ」 呻きながら、一矢は頭をかいた。自分が考えた主人公が何人か浮かんでくる。ギカ、エイトス、キリシ、ディスペア、カンゲツ……。 辺りを眺めていると、腰に手を当ててテイルが割り込んできた。 「こんな何もない場所に主人公がいるわけないでしょ。鋼の書を使って主人公がいそうな場所を作るのよ。街とか、村とか――」 「街か……」 頷いて、鋼の書を開く。 《ここはキステミ街道―― 一矢は街道の先を見つめた。ここから西に 「半日も歩くのか……」 鋼の書に書かれた文章を見つめ、一矢は重い息を吐いた。 |
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