Index Top 目が覚めたらキツネ

第7節 相応の覚悟


「待て、俺はどうなる……?」
 一転して蓮次の表情に影が落ちる。
 自分が行おうとしたこと、自分が行ったこと、現状。そこから、どうなるかを想像したのだろう。空刹も蓮次の素性は調べてあり、イデアルのことも知っている。
「そうですねぇ。組織に独断での行動で……なおかつ、組織の金を持ち出し、約一億円相当の損失を出して失敗。その他ボロ多数。よくて嬲り殺しでしょう。逃げても二度と表社会、裏社会ともに顔を出せませんね。ご愁傷様です」
 理想の名を持つ秘密結社。その目的がどこにあるかに興味はない。新世界の創造とは限らないが、何らかの理想を追っていることは分かっている。理想を追求する者は、自分の理想に合わないものを排除しようとする傾向があった。
 掴みかかってくる蓮次の手を、半歩退いて躱す。
「何とかしろ! お前の責任だろ」
 八つ当たり気味の叫びに、空刹は涼しげに告げた。
「自分で何とかして下さい。僕は君の親でも保護者ではないので、面倒見切れません。目先の甘言に釣られておかしな組織に入り、新世界を作るなどと夢見て、絶望とともに一生を終える。理想主義者の末路とは哀れなものです」
 しみじみと同情する。絵空事のような理想を追いかけ、自分から地獄へと堕ちていく者。長い生涯の中で、空刹は何度となくそのような者を見てきた。大昔に比べて少なくなったとはいえ、未だに多い。
 怒りと後悔に震える蓮次に、空刹は続ける。
「同情代わりに、起死回生の機会くらいは上げますので安心して下さい。慎一くんたちにはこの場所に来るよう告げてあります。とういうか、もう来てます」
 指差した先に、慎一たちが立っていた。
 式服をまとい破魔刀を持った慎一、リリルの魔剣を担いだ結奈、対物ライフルを背負った宗次郎、カルミア、イベリス。全員揃っている。イベリスを除いた四人が、困惑の表情で空刹たちを見ていた。状況が把握できていないのだろう。
「ちッ!」
 振り向きざまに、槍を構える蓮次。
 応じるように、慎一が刀の柄に手を掛けた。宗次郎の破魔刀。自分の得物は結界脱出の際に折れたのだろう。結奈も魔剣を構える。
 緊迫する空気に構わず、空刹は手を振った。
「すみません。こちら揉めてるのでもうしばらくお待ち下さい」
「何を考えているんだ、お前は……!」
 軋むような声音で蓮次が問い詰めてくる。
「君に機会を与えただけです。器を手に入れようと思うのなら、自分で彼らを倒して下さい。封術を持って帰れば、汚名返上出来るかもしれません。無理と思うなら逃げて下さい。その判断は君に任せます」
「アタシはここで降りるぞ」
 呆れ顔でリリルが言った。
「なに……?」
「お前の金はまだ八百万円しか貰ってないからな。それでこんな分の悪い戦い出来るかってんだ。この程度の金で命懸けの戦いする気はないよ」
 冷めた眼で蓮次を見つめてから、翼を広げる。
 飛び上がろうと、膝を曲げてから、思い出したように声を上げた。
「結奈。アタシの剣、返せ」
「そのことなんだけど、ごめんね。もうしばらく貸してくれない? そこの性格悪そうなキツネ野郎倒したら、ちゃんと返すから」
「ふん」
 鼻息ひとつ残し、リリルは飛び上がった。
 蓮次の注意が、リリルに向く。
 その僅かな隙を、慎一は見逃さなかった。音もなく地面を蹴り、神速の術から、首を刎ねる軌道の居合い。その一連の動作を半秒で実行する。
 だが、慎一は刀を抜くこともできなかった。
「何がしたい?」
 喉元に突きつけられる大剣の切先。居合いの間合いに入る前に、空刹が止めた。蓮次の前へと回り込み、慎一を遮る。神速と呼べるほどの俊敏性。
「僕の名前のひとつはソラ。君なら聞いたこともあるでしょう? ただ、君と戦う気がありません。蓮次くんとの話が終わっていないので、もうしばらくお待ち下さい。戦うのはそれからということで」
 睨み合うこと数秒。
 慎一は後ろに跳んだ。空刹と戦うのは危険と判断したらしい。日暈の人間は戦闘狂と言われているが、相手の実力を読む能力にも長ける。戦い出したら止まらないその性質は、強さでもあり弱さでもあった。
 大剣をしまい、空刹は振り向く。
「どうしますか、蓮次くん?」
「どうしろって、いうんだ」
 絶望の表情で自問する蓮次。心なしか窶れていた。
「命を懸けてでも目的を達する、という意志があるのなら、手は貸しますよ。僕なりに引け目は感じているので」
 空刹はポケットから小瓶を取り出した。
「何だ、ソレは?」
 中に入っているのは赤黒い液体。腐った血のようにも見える。不気味な色と、不吉な力が見て取れた。一目で毒物と分かる代物である。
「死の薬。かつて某国で作られた戦闘用覚醒剤の一種です。命そのものを削り、力に変換する劇薬ですね。呑めば絶大な力が出せますが、身体にかかる負荷は桁違いです。効果が切れれば瀕死となりますし、死ぬかもしれません」
 空刹は小瓶を蓮次に渡した。史実では服用者の三割が死んでいる。この数字は過小に書かれているだろう。厳密な死者数は分かっていない。
 瓶を掴んだまま、蓮次は呻いた。
「俺に死ねと言うのか!」
「何かを得るには相応の代償が必要となります。自分の人生を守ろうとするならば、人生そのものを代償として差し出さなければなりません。病院の手配程度はしておきます」
 空刹の言葉に、じっと瓶を見つめる。
「それでは、頑張って下さい」
 言ってから、慎一に向き直った。
 その場に残っているのは、慎一と結奈のみ。宗次郎はカルミアとイベリスを連れて逃げたらしい。賢明な判断である。
「話終わりました」
 その言葉に応えるように、慎一は両手を突き出した。両手の親指と人差し指を向かい合わせて四角形を作る。全身に漲る膨大な剣気。銀色の髪の毛がざわめくように波打っている。日暈奥義のひとつ、天壊砲の発動体勢。
 狙いは蓮次。
「ままよ!」
 蓮次は瓶を開け、中身を飲み干し。
 爆風の中に消えた。

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