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第5節 三種合成術 |
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五感が一度喪失し、元に戻る。 十センチほど視線の位置が下がっていた。両手を握り、開く。力の具合も違う。 「シンイチさん?」 「マスター。成功した?」 「多分、成功している……と思う」 慎一は呟いた。自分の喉から発せられる結奈の声。普段聞こえている声とは少し違う。自分で感じる声と録音の声が違うのと逆の現象だ。 「憑依の術なんて初めて見たぞ。他人の身体に憑依するってどんな感じなんだ?」 興味津々な宗次郎。目の前で憑依の術を見る機会はない。ましてや、守護十家の慎一と結奈。歴史的にも稀なことだろう。 「身長や筋肉の具合が変わったことに違和感ありますけど、特別違いはありませんね。相手は人間ですから、五感が大きく違うということはないです」 眼鏡を指で持ち上げてみる。レンズの無い景色は霞んでいた。近眼。両手両足を動かし、動きの具合を確かめる。脚力と背筋にやや難あり。 「気持ち悪いな。真面目な結奈って」 「先生、離れて下さい――」 慎一は刀を拾い上げた。鞘から抜き、構える。 自分の記憶と、身体そのものの記憶に従い、最適な突きの構えを取った。右足と右手を前に突き出し、左手を引き絞る。骨を弓とし、筋肉を弦とする構え。 法力と気、そして霊力を許容量限界まで引き出し、合成させ、剣気を作る。炸成術の延長。火力は大きいが、制御はそれほど難しくはない。はずだが…… 「ぅぐ」 全身に走る鈍い痛み。 それを無視し、慎一は突きを放つ。切先が結界に触れ。 視界が白く染まった。刀に込められた力が、破壊力として解放される。一点に集中された一万ジェイルを上回るエネルギー。防壁を貫き、結界の術式を連鎖的に砕いていく。炸成術の術式破壊特性が、三種合成となりさらに高められた。 硝子が割れるような音とともに、結界が消滅する。 だが、反動も並のものではない。 慎一は結奈の身体から弾き飛ばされた。 「ッ、いったぁぁぁいッ!」 左腕を押さえ、悲鳴を上げる結奈。ダメージを引き受けるといっても、痛みの一部は残る。反動を直撃した左腕に、骨が折れるほどの痛みが走ったのだろう。 ダメージを引き受けた方は、その程度では済まない。 「痛いのはこっちだ」 慎一は呻いた。左腕の骨が折れている。指先から手首、前腕、肘、上腕、肩まで。十ヶ所以上。腕の骨全体が砕けていると表現するのが正しい。筋肉もずたずたに裂けて出血していた。全身の筋肉に微細なダメージ。 人生で初めて行った三種合成。制御に失敗し、反動が腕を直撃したのである。 「うっわ。痛そー」 他人事のように結奈が驚いてた。左手に握られていた刀を眺める。根本から砕けるように折れていた。反動に耐えられなかったらしい。 「シンイチさん。大丈夫ですか! うわ、酷いケガですよ! 早く治療しないと……。ユイナさん、シンイチさんの治療お願いします。死んじゃいますよ!」 慌てるカルミア。普通は死んでいる。 「平気よ、これくらい。日暈の頑丈さは有名だから」 結奈は慌てることなく、右手を上に向けた。影獣が現れ小瓶を吐き出す。各種薬草などを混ぜて作られる、強い霊力を込めた薬液。それを放ってきた。 慎一は右手で瓶を受け止め、蓋を開けて中身を飲み干す。味はエグいの一言。 「大丈夫だ、カルミア。これくらいは自分で治せる」 薬の霊力を利用し、印も組まずに治癒の術と錬身の術を使った。目に見える速度で、身体の破損が治っていく。治療というよりは修理に近い。 「でも、限開式使った方がよかったな。先生の家が多少壊れるだけで済んだだろうし。興味本意で憑依の術なんか使うんじゃなかった……。反動がこれほどとは思わなかったし、大事な刀折れたし。法力と霊力混ぜたのが不味かったかぁ?」 愚痴を言っているうちに傷が消えた。懐から取り出した紙で血を拭き取ってから、左腕の具合を確かめる。痛みも残っていない。元通りに治っていた。 「マスター。約二度の全身損傷と、第四度の左腕損傷を二十七秒でほぼ完治。凄い力。並の術師にはおよそ無理な芸当ね。傷を治すことに慣れているの?」 慎一を観察しながら、イベリスが訊いてくる。 ぼろぼろの身体を薬と術だけで、しかも一分も経たずに治療。並の術師では不可能である。だが、日常的に重傷を負っていれば、難しいことでもない。 「慣れてる。これくらいの怪我、何とも思わない自分が嫌」 慎一は明後日の空を見つめた。日暈家。戦闘訓練での骨折など日常茶飯事である。四肢全てが折れたことも一度や二度ではない。 宗次郎が声を上げた。 「おい、慎一」 「何です?」 「お前、刀折れちまっただろ。得物なしじゃきついだろうから。これ、使え」 言いながら放って来たのは、自分の破魔刀だった。 二尺五寸の打刀。反りは七分。柄は本鮫皮に黒色捻糸一貫巻。赤銅菱形鐔。鞘は黒漆塗蝋色。日暈刃物制作、九十五式破魔刀イ型。三級品の百三十万円、税込み。 受け取ってから、鞘から抜いて刀身を眺める。多重複合合金の刀身。何度も使った形跡があり、刃毀れが三ヶ所。刃も減っていた。鞘に納めて訊く。 「いいんですか?」 「全部終わったら、五十万くらいで二級破魔刀売ってくれ」 宗次郎は笑顔で言ってきた。 |