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第4節 結界を破る方法


 結界越しに不安げな宗次郎が見える。家の裏手。結界の向こう側は神社の境内になっていた。声は届くため、事情の説明はしてある。
「出られるのか?」
 何度目か分からない宗次郎の呟き。
「頑丈な代物ねー」
 魔剣で結界をつつきながら、結奈は呟いた。
 見た目は薄いガラス板。対結界用の術はいくつか試してみた。しかし、傷をつけることも出来ない。術が跳ね返されてしまうのだ。反射効果と呼ばれる結界破壊対策のひとつ。反射率が桁違いだが。
「シンイチさん、この結界壊せるんですか? わたしたちずっとここに閉じ込められたままなんてことはないですよね?」
 不安げなカルミア。近くにイベリスと一緒に浮かんでいる。
 慎一は答えた。服は式服に着替えてある。
「どうだろう? 結界破壊に必要な火力は、推定一万ジェイル以上」
 術による破壊力を計る国際単位。三級術師で五十から二百。守護十家の一級退魔師で数千。二万を超えると、数値の比較が意味をなさなくなる。単位は、魔術師ニカ・ジェイルの名から。日本にはメートル法とともに入ってきた。
「あたしは二千五百ジェイル」
「分家の次女にしては凄い力だな。僕は四千三百から、瞬間的には六千まで出せる」
「つくづく日暈ね」
 唸る結奈。日暈家の強さは、戦闘に特化された技術と、炸成術の破壊力である。剣気そのものが術式破壊効果を持ち、複雑な術は擦っただけで壊してしまう。しかし、結界を守る防壁は純粋な妖力の壁。術式破壊は通じにくい。
 限開式を使った状態では、一万以上出せるが、制御が困難。結界の破壊は出来るだろうが、余波で辺りが吹っ飛ぶ。あくまで最後の手段だ。
「でも、二人合わせても一万には届かないから、結界を壊すのは難しいわね」
「マスター」
 イベリスが挙手する。無表情のまま。
 感情を表に出さないわけでも、感情の変化が乏しいわけでもない。感情自体が作られていないのだ。イベリスはそう言った。カルミアが感情を持っていることが気になり尋ねてみたが、その問いには答えなかった。
「……何か案があるのか? 封術を使うとか言うなよ」
 ジト目で尋ねると、イベリスは手を下ろした。図星だったらしい。
 イベリスから目を離し、慎一は言った。
「不用意に封術を使うとか考えないでくれ」
 封術は不用意に使うだけで、街ひとつ壊滅させることにもなる。二人に込められた封術は弱い部類に入る。強い封術は優先的に回収されているからだ。弱い、と言ってもあくまで封術の中での話。人間の術に比べれば、圧倒的な力を持つ。
 数値に換算すると最低でも百万ジェイル。大きすぎて意味をなさない。結界を壊しても周囲一帯が消し飛ぶだろう。
「となると、残る方法はひとつか」
 慎一は頭をかいて、結奈を見つめた。尻尾が揺れている。
 珍しく気圧される結奈。半歩退き、
「何よ。その視線は……?」
「炸成術は複数の力を合成して剣気を作る。僕一人だと、法力と気。でもそこに霊力を加えて、炸成術として放てば、一万を超えるだろ。爺ちゃんは実際この三種合成で、瞬間的に五万以上の力出してるから無理じゃない。限開式より余波も少ないし」
「あたしに『憑依されろ』ということね」
 結奈は目蓋を下ろした。
 慎一が結奈に憑依し、法力、気、霊力を合成して放つ。そうすれば、防壁ごと結界を破るエネルギーが作り出せるだろう。余波の大きな限開式に比べて、三種炸成術は余波も小さいと言われている。
「男に身体を貸すのは気乗りしないわね。でも、他に方法がなさそうなのも事実。いいわ。あたしの身体と力を貸してあげる」
「ありがと。恩に着る」
「ただし、ダメージはあんたが全部引き受けなさいよ」
 結奈は慎一の眼前に指を突きつけた。三種合成。火力も凄まじいが、負荷も凄まじい。撃てば無事では済まない。術の反射も受けることとなる。
 憑依の術には、憑依者が身体へのダメージを引き受ける技法があった。それを行えということである。
「分かった」
 慎一は素早く印を組んだ。人間が憑依の術を使うことはまずない。完全な実体を持つ人間には、精神と肉体の分離という危険な課程を伴う術だからだ。だが、今は狐神。身体ごと他人に憑依することが出来る。
「変なことしたら殺すからね」
「分かってる」
 慎一は結奈の肩に手を触れ、押し込んだ。自身を構成する要素が分解し、結奈の身体へと溶け込んでいく。そのまま、結奈の中に飛び込んだ。

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