Index Top 目が覚めたらキツネ

第3節 白状と逃走


「説明するとややこしいんですよ。僕自身は蓮次くんにその二人――『封術・法衣』を手に入れる手伝いを頼まれただけです。無論、有償でですけどね。昔を懐かしみながら仕事を進めていました。ちなみに、僕は蓮次くんと顔を合わせていません。君たちに名乗った肩書きも書類も全部偽物です」
 一呼吸置いて、続けた。
「君が草眞くんの分身を手に入れたことと、結奈くんがカルミアくんの入った小箱を手に入れたのは、紛れもない偶然です。僕には何の関わりもありません。しかし、箱を開ける要素が揃ったのは事実です。僕は蓮次くんを呼んで、色々指示を出し、行動を起こさせました。封力結界を張ったのも僕です」
 すらすらと白状する。隠す気はないらしい。
「ただ――」
 空刹は大剣から降りて、その柄を握った。重い風斬り音。
 長大な剣を片手で軽々と振り回し、飛びかかった影獣を斬り捨てた。速い。尋常でない速度。辛うじて残像が見えるほど。おそらく慎一の速度を超える。
 空刹は大剣を地面に刺した。肩越しに振り返り、結奈に眼を向ける。
「結奈くん。まさかいきなり開けるとは思いませんでしたよ。君を焚き付けることは考えていたのですが……。なぜこうもおかしな意外性を見せつけますかね? 朝にも言ったでしょう? 君の弱点は強すぎる行動力だと」
「クウセツさんは、わたしたちをどうする気ですか?」
 不安そうに呟くカルミア。しかし、イベリスの意見は違った。
「私はマスターの指示に従う。マスターが来いと言うなら、私は行く」
「事態をややこしくしている原因はそこなんですよ」
 親指で眉間を押さえ、空刹は大仰にため息をつく。
「仕事と私情は別です。僕にとって二人は過去の私情、この仕事とは別のことなんですよ。でも、かつて一緒に行動した者を裏切るのは忍びない、と」
「結論を言ってくれ。今ここで僕たちと戦うか、否か」
 慎一は刀を地面に突き立て、右手の親指を下犬歯に引っかけた。日暈家の十八番、限開式。リミッター解除の技法である。任意の動作を引き金として、一時的に限界以上の力を引き出す。月並みな技。そして、強力。
 結奈は剣を右手に持っている。魔法で鍛えた魔剣。戦利品らしい。
 だが、空刹はあっさりと答えた。
「答えは否です」
「理由は料金未払い。リリルくんもボヤいていましたが、蓮次くんは非常に金払いが悪いのです。僕の請求した金額が全額払われていない。これは契約違反。よって、僕の仕事は金額通りここまで」
 人差し指と中指を立てたポーズで、言い切る。
 呆気に取られる慎一と結奈。
 大剣を持ち上げ、マントにしまい、空刹は思い出したように言った。
「イベリスくん。残念ながらお別れです。君は慎一くんを新しいマスターにして下さい。彼ならば、君のことを大事に扱ってくれるでしょう。カルミアくんとも一緒ですし、これからはずっと二人一緒です」
「分かった。私の新しいマスターは日暈慎一。よろしく、マスター」
 頷くイベリス。
「異議あーり」
 結奈が抗議の声を上げた。
「何であたしじゃないの?」
「君に預けるのは不安です」
 一蹴される。
「僕と蓮次くんは早瀬工大にしばらくいます。決着付けに来て下さい。外から結界外されるまでは一週間ほどかかりますので、彼らを潰す機会失うと後が大変ですよ。あと、これはお釣り分の足止めです。頑張って外して下さい」
 腕の一振りで結界が張られる。
 宗次郎の家を囲むような、透明な結界。封監の術。術力により結界を張り、対象を閉じ込める。ただ、これは規模も効果も桁違いだった。
「宗次郎さんが戻って来たら、結界にぶつからないように言っておいて下さい。あと、式服は慎一くんに差し上げます。有効に使って下さい。それでは、機会があったらまたどこかでお会いしましょう」
 爽やかな笑顔で優雅に一礼した後、音もなくかき消える空刹。空間転移の術だろう。
 しばし沈黙してから、慎一は結奈を見やった。
「お前、封術の器ってこと知ってたのか?」
「うん」
 臆面もなく頷く結奈に。
 慎一は力任せの蹴りを叩き込んでいた。

Back Top Next