Index Top 目が覚めたらキツネ |
|
第2節 妖精人形イベリス |
|
カルミアの抱えているイベリスが、眼を開けていた。冷たい金色の瞳。その瞳からは何の感情も読み取れない。表情は動かさず、眼だけ開いている。 「久しぶり、姉さん。三百年ぶりかしら?」 羽を広げて、カルミアの手から離れるイベリス。部屋を確認するようにぐるりと一週してから、段ボール箱の上に降りる。 「あれ? イベリス、何で動けるの? ゼンマイ巻いてないのに」 「やはり記憶が欠落してる。何も覚えていない。何があったのかも、自分が何であるかも、覚えていない。私は眠っていただけだから動ける。私は姉さんの知識と互換出来るけど、姉さんは出来ない」 読み上げるようにイベリスが話した。機械的な口調である。 「なあ、状況が把握出来ないんだけど、手短に説明してくれないか?」 声に釣られて慎一に眼を向け、観察するように見つめてきた。表情も感情も変わらず、観察しているのかも定かではない。観察しているように見えただけである。 「姉さんのマスター日暈慎一。私は、イベリス。封術の器の片割れ――」 ビシリ、と脳に亀裂の走る音が聞こえた。 封術。術と名が付くが術ではない。因果を狂わせるほどの絶対的効果を持つ極めて特異なもの。日本には三十三種類、世界全体ではおよそ三百種類、存在する。そのほとんどが回収、管理され、一部が写本となり出回っているだけ。 封術は器というものに納められていると言われている。そして、世界中にごく少数、ほんの十個ほど、まだ回収されていない封術が存在するという。 「二人が封術の器? 出来れば嘘であってほしいんだけど」 「本当」 イベリスは飛び上がり、カルミアの横まで移動した。話の内容に置いて行かれて呆けているカルミアに、右手を触れさせる。触れただけに見えたが、何かしたのだろう。 「!」 その瞬間、全身が粟立った。銀色の髪が広がり、狐耳がぴんと伸び、尻尾が逆立つ。禍々しい力。霊力や気、魔力とも違う力。一度だけ見た封術の写本に似ている。ただ、その強さは写本とは比較にならない。 「三百年ほど前に、私たちを巡って争いが起きた。その時に、姉さんは一度壊れ修理された。争いが収まり、私たちは封じられて今に至る。でも、姉さんはまだ完全に直ってないから、修復のエネルギーを補給するために沢山食べる」 「そんなことがあったんだ」 イベリスの話に感心しているカルミア。他人事のように。 慎一は傍らの刀を拾い上げた。左手を伸ばして、二人を抱える。事情は半分ほどしか分からないが、重要な部分は理解した。危険度5の緊急事態。 「おい、結奈。起きろ!」 ガラス片などを飛び越え、慎一は靴も履かず庭に下りる。 重い衝撃音とともに、目の前に壁が現れた。足を止める。 壁ではない。鉄板のような大剣。慎一の足を遮るように降ってきた。一度しか見ていないが、持ち主は他にいない。相変わらずふざけたことをする。 「どうも。つまりは、そういうことです」 柄の上に佇み、大剣の持ち主は微笑んだ。 緩く腕を組んで、マントを風になびかせている。空刹。何も変わっていない。容姿も表情も雰囲気も。見せかけではない。本当に何も変わっていない。 「久しぶり。マスター」 「お久しぶりです、イベリスくん。お変わりなく、お元気そうで」 「マスターこそ、何も変わっていない」 イベリスと空刹のやりとりに、慎一は開きかけた口を噤む。思考が止まった。聞き間違いではない。イベリスは空刹をマスターと呼んだ。 慎一の反応に気づき、空刹が説明をする。 「江戸時代の中期に、その二人を巡って小さな争いが起きました。イベリスくんを動かしたのが当時の僕です。色々あって争いは終結し、カルミアくんとイベリスくんは封印され、行方知れずになってしまいました。ちなみに、封印を行ったのが草眞くんです」 「なるほど。つまり、開けるのに草眞さんの分身である僕の法力が必要、と」 「はい。その通りです」 慎一の言葉に、空刹が頷いた。 不可逆型の封印は、施した本人が一番安全かつ正確に外せる。術式を知っていることに加え、解印の術式が術力を媒介として、封印に強い効果を及ぼすからだ。逆を言えば、術力さえあれば、他人でも解印が比較的楽に行える。 右手を器用に動かし、慎一は鞘を外した。抜き身の刃を向ける。 「どこからどこまでだ。あんたが仕組んだのは?」 |