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第4節 箱を開ける |
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午後四時十分時。慎一はドアを開けた。 「お待たせー」 「早かったな」 ドアの外には結奈が立っている。 昨日と変わらぬ、緑の半袖ジャケットと白いスラックスという格好。同じ服に見えるが、柄が違うような気もする。同じような服を何着も持っていると言っていた。 「……男の姿なのね」 残念そうに呟く結奈。慎一は元の男の姿だった。変化は解いていない。 霊力を纏い、わきわきと怪しげに動く右手を眺めながら、慎一は見せつけるように右手を持ち上げる。ぽっと音を立てて、青白い狐火が生まれた。 「変なことしたら燃やす」 「ちっ」 舌打ちしてから、結奈は玄関に入った。 靴を脱ぎ、用意してあった室内用サンダルを履く。狭いキッチンを通り過ぎ、和室に移動した。卓袱台の前に座り込み、扇風機を自分に向けてから、笑顔で一言。 「お茶とお菓子」 「……お前な」 慎一はた麦茶とガラスのコップを冷蔵庫から取り出し、お盆に乗せた。和室に移り結奈の前に座る。コップを置いて麦茶を注いだ。 「お菓子は?」 「ない」 即答する。 六畳の和室。奥は寝室に使っている六畳の洋室が見えた。東側に窓があり、西側にタンスと小さな本棚が置いてある。畳に跡がつかないよう、下に板を敷いてあった。横にはゴミ箱が二つ。窓は開け放たれ、扇風機が風を送っている。 「用件は何なんだ? 簡潔に説明してくれ」 「これ開けて」 簡潔に答え、結奈は手提げから取り出した小箱を卓袱台に乗せた。 慎一は箱を手に取る。 一辺約十七センチの金属の小箱。重さは百グラムほどで、見た目よりも軽い。材質はアルミニウムに似ている。難解な封印式が見て取れた。 「見て分かると思うけど、法術で封印されてるわ。ややこしい封印式で、一週間頑張ったけどあたしには解けなかった。法力じゃないと解けない仕組みみたいね」 結奈は説明した。麦茶を飲み干してから、 「あんた法術使えるでしょ? お願い。他に頼める相手いないのよー」 ぱんと両手を合わせて頭を下げる。跳ねるポニーテール。 小箱を弄りながら、慎一は訊いた。 「……話が読めないんだけど」 「沼護家は見習いから本職の退魔師になる過程で、試験があるのよ。日暈のあんたなら聞いたことあるでしょ? 沼護の試験」 沼護の試験は、筆記と実技。筆記は文字通りのペーパーテスト。実技は自力で何か成し遂げること。多くの者は退魔術の実戦を行う。貴重な物を探したり、新しい術式を作ったり、論文を書いたりする者もいるらしい。 「あたしは宝物探し。これは、江戸時代の法具よ。報酬は五十万円でどう?」 「時間かかるだろうな」 箱をつつきながら感想を述べる。 五十万円もあれば色々な本が買えるだろう。しかし、裏があるような気がした。疑いもなく何かあるだろう。結奈が何の底意もなく頼むとも思えない。 「じゃ、そーゆーことで、後よろしく。開けたら教えてね。勝手に動かしちゃ駄目よ。あ、これおみやげ。食べてね」 箱入りのビスケットを卓袱台に置き、結奈は立ち上がった。玄関まで行き靴に履き替えてから、外に出る。足音が遠ざかり、聞こえなくなった。 「とは言ってもな」 慎一は箱を手の中で回してみる。 日暈宗家の次男の自分、沼護分家の次女の結奈。術解析の技術は結奈が上だろう。一週間かけても開けられなかったものが、自分に開けられるとは思えない。 なんとなく、箱に法力を通し―― 五枚の板が卓袱台に落ちる。 「え?」 何が起こったのか、理解出来なかった。 箱が開いている。六面を構成していた板のうちの下の一枚を除いて、外れていた。法力を通した途端に、分解してしまった。予想を遙かに上回る呆気なさで。 手の中に残ったのは底板。 そして。 「妖精……?」 妖精の少女が体育座りしていた。本物ではない。恐ろしく精巧な人形である。 年齢は十二、三歳ほどで、身長は約十八センチ。伏せられた四枚の透明な羽。尖った耳とあどけない顔立ちで、背中の中程まで伸ばした緑色の髪。羽飾りのついた三角帽子を被り、修道服と学校の制服を足したようなワンピースを着ている。どちらも、色使いは青と白。靴の色は茶色。首から金色のゼンマイを下げていて、意識はない。 背中には小さな穴。 「これ、動くのか?」 慎一は板を置き、妖精を右手に持ち直した。底板を卓袱台に置いてから、首から下げられたゼンマイを取り、背中の穴に差し込む。きりきりと回すこと五回。 妖精を卓袱台の上に置き、見つめる。 しばらくは何の変化もなかった。 十秒ほどして、背中の羽がぴんと伸びる。 妖精はぎこちなく右手を持ち上げた。続けて左手を持ち上げ、背伸びするように両手を伸ばす。両手を下ろしてから、両目を開いた。きれいな蒼い瞳。 寝ぼけたように目を擦り、背伸びをする。開いた口から覗く八重歯。 首を左右に動かしてから、慎一に気づいた。 「あ。え、えと。おはようございます」 「……おはよう」 笑顔で挨拶をする妖精に、挨拶を返す。よく通る澄んだ声。 ぐるりと部屋を見回してから、妖精は立ち上がった。羽を動かして飛び上がる。羽には魔力が流れていて、飛行魔術が見て取れる。 「あの、お兄さん。ゼンマイ返して下さい」 妖精は慎一の前に小さな両手を差し出した。 慎一はゼンマイを見つめる。淡い金色のゼンマイ。ありふれた形状だろう。特殊な装飾や文様などもなく、魔力なども感じられない。 数秒観察してから、妖精の前へと差し出す。 妖精はゼンマイを掴んでから、紐を広げて自分の首へとかける。胸元に落ちる金色のゼンマイ。よく似合いアクセサリになっていた。 背筋を伸ばしてから、妖精が真っ直ぐに見つめてくる。 「あなたがわたしのこと動かしてくれたんですか?」 「ああ。僕が動かしたのかは分からないけど、ゼンマイ巻いたら動いたよ」 「そうですか。ありがとうございます」 礼を言う妖精。礼儀正しく素直で、見た目通りの無邪気な子供なのだろう。それで安全という保証はないが、敵ではないことは分かった。 視線を巡らせてから、おずおずと訊いてくる。 「ええと、お兄さんのお名前は?」 |