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第2節 木野崎結奈の買い物


 秋田県藤里町にある古本屋。
 結奈はガラスのドアを開けて、中へと入った。
「いらっしゃい」
 七十歳ほどの店主が挨拶をする。土曜日の午後三時。客足はない。
 本棚には、独特のすえた匂いを宿す古本が並んでいた。値段未満の価値しかないものから、掘り出し物まで。分かる人間には分かるのだろう。
 だが、今日は古本を探しに来たのではない。
 結奈はつかつかと奥まで歩いていく。
 どんとカウンターに手を乗せた。にやりと微笑み、
「連絡した木野崎結奈よ。例のブツを取りに来たわ」
「あ、ああ。木野崎さんね。はいはい」
 気圧されつつ、店主は近くの棚に手を伸ばす。五つ並んだ紙箱の左から二番目を掴んでカウンターに乗せた。茶碗の箱であるが、中身は茶碗ではない。
 店主は紙箱を開けて、中身を取り出した。
 一辺約十八センチの正立方体の木箱。材質は檜で、蓋はない。六枚の板が十二辺で接着してあり、開かないようになっている。古いものであるが、木は劣化していない。
「大当たり」
 結奈はほくそ笑んだ。
 これを求めて一年半もかかった。図書館で資料を漁ったり、休日を使って日本中飛び回ったり、色々な人に話を聞いたり、大学の講義を休んで単位落としたり。
 今までの苦労を噛み締めながら、木箱を掴む。
「調べさせてもらうわね」
 断ってから、結奈は木箱を撫で回した。これで九分九厘確定ではあるが、万が一にも偽者だったら精神的ダメージが尋常ではない。
 一分ほど観察してから、箱を置く。
「本物ね。買うわ」
「なあ。この箱って何なんだい? そんなに価値あるように見えないけど」
「……んー、そうね。江戸時代初期に作られた安物民芸品よ。民芸品としても骨董品としても、価値はないわ。せいぜい一万円がいい所ね。でも、見る人が見れば一億の価値はあるわ。吹っかけたら捻るわよ」
 笑顔で告げた。
 店主は一度視線を泳がせてから、答える。
「えと、二万円ね」
「オーケイ。交渉成立ね」
 結奈は財布から一万円札を二枚取り出して、渡した。
 店主は何秒か紙幣を眺めてから、レジに納める。これで、小箱の所有権は結奈に移った。ようやく手に入れることが出来たのである。
「じゃ、これは貰っていくわ」
 そう告げてから、結奈は小箱を掴みカバンに納めた。
 ふわりと身を翻し、肩越しに店主を見やって、ウインク。
「機会があったら、また会いましょう」

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