Index Top 我が名は絶望―― |
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第5節 硝子の剣 |
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「セインズが無差別殺戮に走る前に、俺たちの力だけで奴を殺す」 ディスペアは断言した。時間はない。仮に誰かに助けを求めるにしても、その前に大量の犠牲者が出てしまう。そうなる前に、絶対にセインズを倒さなければならない。それは、自分の責任だ。 眼鏡を指で動かし、フェレンゼが訊いてくる。 「しかし……どうすればセインズを殺すことができるのですか? 彼は、君と同じように不死身なのでしょう? 不死身の相手を殺すことは、できないと思いますが」 「ああ」 ディスペアは頷いた。 「奴は不死身だ。そこらにある武器や魔法で傷を負わせても、数秒で再生する。たとえ、灰になるまで身体を焼き尽くされても、復活する。現に俺も昔、灰にされたことがあるからな。奴も同じだろう」 「………君も、なかなか凄い経験をしていますね」 慄いたように、フェレンゼが呟く。 「だが、奴を殺す方法はある」 ディスペアは左手に持った硝子の剣をかかげてみせた。ミストとフェンゼが、その硝子の刃を見つめる。魔法の明かりを映してきらめく、透き通った刀身。 「硝子の剣は、使い手の意志を具現化し、刃とする武器。つまり、使い手の思うように使うことができる。肉体に傷をつけることなく生命力だけを削ることもできるし、強力な剣として使うこともできる。だが……」 ディスペアは硝子の剣を強く握り締めた。暖かくも冷たくもない独特の感触が伝わってくる。六百年間も使ってきた愛剣の、手に馴染んだ手触り。 「この剣の真の力は、命を絶ち斬ることだ」 「命を絶ち斬る?」 「そうだ」 答えて、硝子の剣を一振りする。 「硝子の剣は、生命力そのものを破壊することができる。この剣で致命傷を負わされれば、いかに不死身といっても生きてはいられない。致命傷に遠い傷でも、再生するのに通常の数倍の時間がかかる。今の俺がそうだ。黒曜の剣で斬り刻まれて、組織の再生に通常よりも何十倍もの時間がかかっている」 薄い光を帯びた刀身を見つめ、ディスペアは口を動かした。 「あの時、奴が俺を殺す気だったならば、俺は死んでいただろう」 あの時、なぜセインズが自分を殺さなかったのか。その理由は分からない。セインズの考えていることは、余人には理解できない。 しかし、今は余計なことを考えている時ではなかった。 雑念を振り払い、ディスペアは告げる。 「俺が知る限り、この剣がセインズを殺せる唯一の武器だ」 世の中にはいくつもの魔法の武器が存在するが、セインズを殺せるような武器は存在しない。仮に、硝子の剣と同等の力の武器を今から作ろうとしても、何十年もの年月がいるだろう。セインズを止めるのには間に合わない。 「しかし……」 考え込むような口調でフェレンゼが呟く。 「君の剣がセインズを殺す力を持っていても、君はセインズと戦えるのですか? さっきは手も足も出せずに斬り刻まれてしまったのですよ……」 「………」 ディスペアは深く息を吸い込み、その倍ほどの時間をかけて吐き出した。 「確かに、今の俺ではセインズに歯が立たない。命を取り込んだ黒曜の剣を持つ奴の力や速さ、反射速度は、俺の技術と経験の限界を凌駕している」 今、正面からセインズに挑めば、間違いなく負けるだろう。自分が殺されるかどうかは分からないが、ミストとフェレンゼは確実に殺される。 「何とか、倒す方法はないの?」 言ってから、ミストは思い出したように続けた。 「あたしに教えてくれた変則技はどうなの? あなたなら、あたしより上手い変則技が使えるでしょ。それで、何とかならない?」 「無理だ」 ディスペアはかぶりを振る。 「セインズに変則技は効かない。仮に効いたとしても、一撃を入れるのが限界だろう。一撃だけでは、セインズは倒せない」 「じゃあ、倒す方法なんかないじゃない!」 悲鳴じみた声で、ミストが叫ぶ。 慎重に、ディスペアは唇を動かした。 「倒す方法は、ないこともない……」 「それは、何ですか?」 訊いてくるフェレンゼに、硝子の剣を示す。フルゲイトを用いて作られた、史上最強の武器のひとつ。それが有する、最も強力な力。 「禁断の技を使うことだ」 「禁断の技って……」 恐々と、ミストが呟く。 ディスペアは硝子の剣を見つめた。 「硝子の剣に人間の命を取り込めば、俺の戦闘能力は一気に跳ね上がるはずだ。それで確実にセインズを殺せるとは言えないが、少なくとも勝てる確立は出てくる。だが」 言いながら、ミストとフェレンゼに目を向ける。 「禁断の技を使うには、誰かが死ななければならない」 「つまり、僕とミスト君のどちらかが犠牲になれなければならないということですか?」 「その必要はない」 ディスペアは小声で答えた。 「セインズが復活したのは俺の責任だ。俺は誰も死なせない。禁断の技なしでも何とかセインズを倒してみせる。俺の命を犠牲にしてでもな」 決意を固めた、その時。 視界が開けた。 |