Index Top 我が名は絶望――

第4節 絶望者の願い


「俺は、フルゲイトに関すること全てを知っている。歴史に残っているものも、歴史の影に消えてしまったことも全て。フルゲイトについて、俺が知らないことはない」
「ほう?」
 クロウの瞳に関心の光が灯る。
 ディスペアは、ミストとフェレンゼを横目に見やった。二人はわけが分からないといった表情で、自分を見つめている。だが、見つめるだけで、言葉は発さない。何と言っていいのか分からないのだろう。
 二人から目を外し、ディスペアはクロウへと目を戻した。
「フルゲイトによって最初に作られたものは、魔法だ。現在使われている魔法とは全く質の違う特別な魔法。極めて高い汎用性と威力を誇り、発動させるのに一切の媒介と時間を用いない。いわば、魔法の究極形だ」
「究極形ねぇ」
 興味深げにクロウが呟く。その視線は隣の石柱に向けられていた。
 ディスペアは淡々と、しかし決然と、
「しかし、その魔法には欠点があった。あまりの特殊性に、人間では扱うことができないという欠点が、な。そこで、フルゲイトを作り出した研究者たちは考えた。常人に扱えなければ、扱える人間を作ればいい、と」
 すっと口を閉じる。
 数秒の間ができた。三つの魔法の明かりが照らす中、風に揺れる葉擦れの音が聞こえてくる。木々の隙間から見える空には、半月が浮かんでいた。
 ディスペアは話を再開させる。
「そうして作られたのは、強力な人造人間だった。それはフルゲイトの戦士と呼ばれている。人間離れした身体能力と、どんな傷をも再生させてしまう不死身の肉体、永久に老化することのない無限の生命を持つ人間――。だが、その人造人間も致命的な欠点を持っていた」
「ディスペア……君……?」
 フェレンゼが小声で言ってくるが、黙殺する。
「それは、魔法を一切使うことのできないという欠点だ」
「ちょ、ちょっと。それって――」
「そうだ。その人造人間が、俺だ」
 ミストを横目で見やり、ディスペアは断言した。空気そのものが固まったかのような静寂が訪れる。ミストとフェレンゼは、何も言ってこない。
 二人とは対照的に、クロウは一人冷静に頷いていた。
「フルゲイトの全てを知っているというのは、そういうことか。なるほど、当事者なら全てを知っているわけだな。だが、この石柱にお前の弟が封じられているというのは、どういうことだ?」
 その問いに、ディスペアは続ける。
「俺が作られて失敗作だと分かった後、研究者たちは新たなものを作った。フルゲイトの戦士が扱う強力な武器と、次なるフルゲイトの戦士。武器の方はこれだ」
 と、左手に持った硝子の剣をかざしてみせた。子供の背丈ほどもある長大な硝子の刃が、魔法の明かりを受けて薄くきらめいている。
「硝子の剣――使い手の意思を具現化し、刃とする武器。この剣の力は見ただろう。肉体に傷をつけることなく生命力だけを削ることもできるし――無論、強力な魔剣として人間を斬り殺すこともできる」
「弟はどうした?」
 クロウが促してくる。
 弟――という単語に、ディスペアは息が詰まるのを覚えた。だが、口を閉じることはできない。身体の奥底からあふれるように、言葉が出てくる。止まらない。
「俺の欠点を補うように作られたのが、二人目の人造人間……俺の弟、セインズだ。奴の力は完璧だった。俺を上回る身体能力を持ち、フルゲイトの魔法を完璧に使いこなす。能力だけを見るなら、奴は戦士としての理想形だった」
「それが、なぜここに封印された?」
「セインズは精神に問題があった。生まれながらにして、並外れた闘争本能と殺傷本能を持っていた。結果、作られた直後に研究所を飛び出し、本能のままに暴れ回った。いくつもの街が破壊され、何百人もの人間が殺された。大災害とも呼べる未曾有の大虐殺。これが、俗に言われるフルゲイトの暴走だ」
 ディスペアの話に、ミストとフェレンゼが息を呑む。
 だが、クロウは驚きの欠片も見せなかった。それどころか、逆に感心したように瞳を輝かせている。その瞳の奥で何を企んでいるかは分からない。
 気にも留めず、ディスペアは話を続けた。
「その後、フルゲイトの研究に関わった魔道士全員が命を賭してセインズを封じた。その石柱にな。それから六百年、こうしてお前がその封印を解こうとしている」
 全てを言い終わり、ディスペアは口を閉じた。
 クロウは眉根を寄せて、ディスペアに目を向ける。
「しかし、解せんな。なぜお前は、フルゲイトの封印が解かれるのを待っていた? そんなに危険な相手ならば、封印を解こうとする私を止めようとするはずだろう?」
「復讐だ……。俺はセインズを心の底から憎んでいる。殺しても殺し足りないほどに。しかし、俺が直接その封印を解くわけにはいかない。だから、お前に封印を解かせる。セインズが解き放たれれば、俺は復讐を果たせる……!」
 叫ぶように言いながら、ディスペアは石柱を――石柱の中に封じられているセインズを睨みつけた。硝子の剣を握る左手に、力がこもる。
「俺は、止めはしない。お前が封印を解きたいならば、解けばいい。それは俺が望んでいたことだ。だが、俺の話を聞いて、フルゲイトの封印を解くことを諦めたならば、おとなしく帰れ――」
「ディスペア君……」
 フェレンゼは不安げにディスペアとクロウを見つめた。
「答えは、お前が決めろ」
 ディスペアはクロウを睨み据える。
 その視線を受け止め、クロウは薄笑いを浮かべた。
「……お前の話が事実なら、実に興味深いことだ。しかし、私がフルゲイトの封印を解くのを止めるための作り話ということも考えられる。さて、どっちだ?」
 自問してから、一拍の黙考を挟んで呟く。
「答えは簡単だな。この封印を解けば分かる。お前の望む通り、私はフルゲイトの封印を解くことにする――!」
 言って、クロウは大剣を横に構えた。先のなくなった白刃が、青い魔力の光を帯びる。武器の攻撃力を上げる武闘魔法。石柱に亀裂を入れるには、十分な強さだ。
 クロウが身体をひねり――
「はっ!」
 フェレンゼがクロウめがけてナイフを投げ放った。三本の細い刃が空を斬る。これが当たれば、クロウを止められるだろう。しかし、その刃はクロウに届かなかった。
 ディスペアが硝子の剣で投げナイフを叩き落したのである。
「ディスペア君!」
 フェレンゼが目を剥いた。だが、もう遅い。
 クロウの大剣が、石柱に突き刺さる。
 石柱に亀裂が入った。ほんの小さな亀裂。だが、それは通常では考えられないような勢いで、縦横無尽に広がっていく。そうして、石柱には無数の亀裂が刻まれた。
「礼を言うぞ。クロウ・ガンド」
 ディスペアは唇を動かす。クロウには聞こえなかっただろうが、そんなことはどうでもよかった。心の奥から暗い歓喜が湧き上がってくる。
 風が吹き抜けた。

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