Index Top 我が名は絶望―― |
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第5節 六百年ぶりの再会 |
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何かを感じ取ったのか、クロウが石柱から距離を取る。 「ついに来た……この時が。やっと、奴を……」 呪詛のような悦びの声が、喉からこぼれ落ちた。遥か遠い過去の記憶が、いくつも脳裏に浮かんでくる。それとともに、心が冷たく燃え上がっていった。黒い炎。 乾いた土のように、石柱は見る間に崩れていく。薄い砂煙が漂った。 その砂煙の中に見える、人影……。 ディスペアは口元に笑みが浮かぶのを自覚した。二度と笑うことはないと思った日から、何百年経ったか。自分は笑っている。だが、それは自然な笑みではなかった。異常なまでの殺意と憎悪を帯びた凄絶な笑みである。人間が作れるものではない。 「ミスト……」 ディスペアは後ろにいるミストに声をかけた。 「な、何よ――?」 全身から放たれる異様な殺気に気圧されながらも、ミストは答えてくる。 薄れゆく砂煙を凝視したまま、ディスペアは告げた。 「俺の姿をしっかりと目に焼きつけておけ……。今の俺は、復讐者の成れの果てだ。気の遠くなるような時間、人を恨み呪い憎しみ続け、その行き着く果てに俺の姿がある。お前は、俺のようになってはいけない」 「………」 沈黙が返ってくる。自分の言葉に、ミストが何を思ったのかは分からない。だが、そんなことはどうでもよかった。他人の事情など、もはや自分にとって何の価値もない。 やがて、砂煙が消える。 ディスペアは、そこに佇む男を見つめた。自分と同じ顔を持つ男。六百年もの長い間、一度たりとも忘れたことのない、その姿。 「セインズ……」 口元の笑みを強め、ディスペアはその名を吐き出す。 見た目の年齢は二十歳ほど。顔立ちは自分と同じだが、自分よりも遥かに若々しく見える。腰の辺りまで伸びた真直ぐな金髪、感情の読めない緑色の瞳、身にまとっているのは、自分と同じ作りのゆったりとした長衣だった。ただ、色は全て白で統一してある。右手には、刀身のない金色の柄を持っていた。 セインズは寝ぼけたような眼差しで周囲を見回し、 「これは……どうやら、封印が解かれた……ようだな……」 「そうだ」 ディスペアは言った。硝子の剣を握る左手に、過剰な力が入る。爪が手の平に突き刺さるが、痛みは感じない。神経が、痛みを受けつけない。 その声に気づいて、セインズが目を向けてきた。 「ウイッシュか――」 意外そうに呟く。 「その名は捨てた。俺は、ディスペアだ」 唸るが、セインズは無視した。上から下までディスペアを観察する。 「久しぶりだね……とでも言うべきかな? といっても、ボクにとっては君と顔を合わせたのはつい最近のことなんだけど。ボクが封印されているうちに、君は老け込んだようだね。さて、ボクが封印されてからどれくらいの時間が経った? 百年か、二百年か?」 「六百六年と、半年だ」 ディスペアは即答した。 「約六百年か……。思ったよりも、長いな」 感慨深げに言ってから、セインズは息をつく。封じられていたせいで身体が鈍っているらしい。肩を動かしながら、確認するように訊いてきた。 「それで、君がボクの封印を解いたのかい?」 その問いに、ディスペアは冷笑し、 「まさか……。俺は俺自身の力で、この封印を解くことはできない。そう誓った。封印を解いたのは、そこにいる男だ。感謝しろよ」 と、クロウを指差す。 セインズもクロウに目を向けた。つまらなそうにその姿を眺めてから、 「なるほど。ボクの封印を解くよう仕向けたわけか」 「………」 「それで、ボクの封印を解いた目的は何だい?」 「復讐だ……!」 ディスペアは吼えるように言い放った。心の中で、どす黒い炎が燃え上がる。それを、止めるものはない。左手に持った硝子の剣をかざし、憎悪に満ちた声を張り上げた。 「まさか忘れたとは言わせないぞ! お前は、何百人もの罪のない人間を殺した! フルゲイトの研究を行った、自分の生みの親でもある魔道士たちを殺した! お前は、サニシィを殺した!」 「サニシィ……!」 後ろからミストの呟きが聞こえてきたが、耳には入らない。 セインズに視線を固定したまま、ディスペアは硝子の剣を構える。 「だから、俺は、お前を殺す!」 「無理だね」 余裕の笑みさえ湛えながら、セインズは言ってきた。 「実力の差がありすぎるよ。魔法も使えない失敗作風情が、ボクを殺すことなんかできない。以前戦った時は、君はボクの足元にも及ばなかっただろう?」 「それがどうした!」 叫んだ時には、ディスペアは全力で飛び出している。枷である銀の輪を外したその速度は、獣そのものだ。武闘魔法から生み出せる、最大速度に等しい。 「十三剣技・二落葉――!」 ディスペアは硝子の剣を閃かせた。無色の軌跡が空を斬る。人間には見切れない。 人間を超えた反射で後ろに跳び、セインズは斬撃を躱していた。 が、身にまとった長衣が浅く斬られている。 「ほう」 感嘆して、セインズは服の傷を撫でた。傷は消える。 ディスペアと同じ自己修復素材の服。これもフルゲイトを用いて作られたものだ。斬られた程度の損傷ならば、たやすく修復する。 「失敗作も、失敗作なりに腕を上げたようだね」 笑いながら、セインズが賞賛してきた。 硝子の剣を構え直し、ディスペアは唸る。口元に不敵な笑みを浮かべて、 「お前が眠っていた間、俺は何もせずに過ごしていたわけではない。お前に復讐を果たすために、鍛錬に鍛錬を重ねた。俺は、お前の知る俺ではない」 「ふぅん」 セインズは右手に持った剣の柄を、手の中で器用に一回転させる。ディスペアが持つ硝子の剣と同じ形状をした、金色の柄。 「剣よ、我が意志に従い黒曜の刃を生み出せ」 その文句とともに、柄から長大な刀身が現れた。 黒曜石のように黒光りする、反りのない両刃。分厚く、身幅もあり、刃渡りは子供の背丈ほどもある。無骨な黒い刃は、対照的に氷のような冷たさと鋭利さも映していた。静かに、重厚な威圧感を放っている。 硝子の剣と対をなす、黒曜の剣――。 「となると、少しは楽しめるかな?」 「お前を楽しませるつもりはない!」 言い捨て、ディスペアは間合いを詰める。 迎え撃つように、セインズが構えを取った。素人丸出しの構えだが、その反射神経、速度、力は洒落にならない。だが、そんなことは気にしない。 「十三剣技・四弦月!」 ギイン! 硝子の剣と黒曜の剣。 二つのフルゲイトの遺産がぶつかり合った。 睨み合うのは一度。 「一烈風!」 ディスペアは袈裟懸けに硝子の剣を振り下ろす。セインズがそれを弾き返すように、黒曜の剣を振り上げた。二つの豪剣が激突し―― 壮絶な剣戟が始まる。 二本の剣が、目にも留まらぬ速さで閃いた。 ありとあらゆる斬撃が繰り出され、お互いに弾き、躱し、反撃する。刃のぶつかり合う甲高い音が間断なく響いた。極限の緊張の中、考えるよりも早く身体が動いている。その速さは、人間の目では捉えられない。 そうして、どれくらいの時が経ったか。実際は、五秒も経っていないだろうが。 ディスペアとセインズは、お互いに跳び退り、間合いを取った。 セインズの右肩、左脇腹、右太腿には、深い創傷が刻まれている。傷口から流れる血が、白い長衣を赤く染めていた。対して、ディスペアは無傷である。 「これが、六百年に亘る研鑽の結果だ!」 「君が言った通り、ボクの知る君ではないね」 セインズは心底面白そうに笑う。自分の身体に刻まれた傷は、気にしていないようだった。事実、この程度の傷はセインズにとってどうということもない。 「治れ」 その一言で、身体と服の傷が消滅する。服を赤く染めていた血も消えた。一切の媒介と時間を用いず魔法を発動させる。これがフルゲイトの魔法だ。 「力と速さ、反射速度はお前の方が上だが、技術と経験、集中力は俺の方が圧倒的に上だ。だが、お前には魔法がある! さあ、こい!」 ディスペアは凶暴な笑みを浮かべながら、マントを脱ぎ捨てた。ドスッ、とおよそ布らしくない音を立てて、マントが地面に落ちる。重量増幅の魔法が込められたマントの重さは、百キロにも及んだ。 「俺は、お前を殺すために生きてきた!」 |