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第3節 暴走する力 |
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最初に動いたのは、予想通りハーデスだった。 ペイルストームを構え、引き金を引く。 その動作を行う僅かな間に、キリシは全力で横に走り出していた。真紅の弾丸が真横を超音速で通り過ぎていくのが、はっきりと感じ取れる。 (五感が、異様に冴えているな……) それは、人間としての許容限界を超えていた。まともな精神では、この異常感覚に耐えることはできないだろう。幸か不幸か、自分はまともな精神を保っていない。 ハーデスの銃撃は一発だけだった。 研究所の中央棟に流れ弾が当たり、爆発を起こす。 それを横目に眺めながら、キリシは足を止めた。銀髪が翻る。 追撃してきたのは、陽炎だった。青い神気をまとい、大刀を振り上げる。 「クウ・セイ・陽炎」 《杖》の力によって人間から変化した、獣人。人間を遥かに上回る身体能力と、神術を操る。自分が相手にしている四人の中では、最大の破壊力をたたき出す。 「烈風狼牙!」 それは、前にチェイサーに放った技だった。 弾き返すように、キリシは大刀に《杖》を叩きつける。激しい激突音とともに、火花が飛び散った。普通の身体ならば、手首が砕けていただろう。 攻撃を防がれ、陽炎は次の動作に移る。が、攻撃を放つ間はなかった。 「この程度の攻撃じゃ僕は倒せない!」 キリシの右腕が、その身体を横に弾き飛ばす。 地面を転がる陽炎から目を離し、キリシは横に跳んだ。 眼前を炸裂弾が飛んでいく。考える必要はない。意識よりも先に身体が反応していた。地面を蹴って、駆け出す。ハーデスめがけて。 「ハーデス・ディ・ヴァイオン」 人間の姿をした人間でないもの。物質の限界を無視した頑強さと、人知を超えた能力、加えて強力な武器を持つ。実質的に最強の相手だ。 当然のごとく、炸裂弾が飛んで来る。避けようと思えば避けられた。しかし、キリシは避けなかった。無造作に右手で弾丸を払う。 爆炎が―― 視界を白く染め上げた。つんざくような爆音が耳をつく。 構わず、キリシは前へと進んだ。走る速度がいくらか落ちたが、それだけである。超至近距離から爆発に呑み込まれたというのに、身体に傷はない。燃えやすい髪の毛も、弾丸をはたいた手の平にすら。 (ここまで……!) 自分の頑強さに唖然とする。 そうして、計三発の炸裂弾を弾き、キリシはハーデスの懐に飛び込んだ。銃撃が止まる。この間合いでは銃は使えない。同じく剣も使えない。 キリシは全体重を乗せた右拳を、相手のみぞおちに打ち込んだ。 交錯するように、ハーデスの左拳もキリシのこめかみをえぐる。視界が跳ねた。 受身も取らず横に転がりながらも、地面に手をつく。 起き上がって始めに目に入ったのは、呪文を唱えるルーだった。 「ルー・カラッシュ」 《杖》の力によって人間から変化した、妖魔。超能力のような妖術と魔術に似た力を扱う。先の二人に比べれば弱いだろうが、ある意味最も厄介な相手でもある。 身体は既に動き出していた。一息に間合いを詰め、《杖》を振り下ろす。 ルーは後ろに跳び、紙一重で攻撃を躱した。生半可な反射でできる動きではない。次にどういう攻撃が来るかのかを予知できてこそ可能な動きである。 (前にもこんなことがあったな) キリシは右拳を引き絞り―― 「グラシス・シールド!」 文字通り眼前に、六角形のガラスを無数に組み合わせたような障壁が出現する。加速の半端な拳がぶつかった。障壁に放射状の亀裂が走る。 視線を転じると、両腕をかざしたティルカフィがいた。 「ティルカフィ・アウトラリア」 《杖》の力によって人間から変化した、妖精。非常に高い精神力を持ち、回復、防御系の魔術を使う。四人の中では最も攻撃力の低い相手。だが…… 「う、ああああああああ!」 キリシは右腕に力を込めた。過剰な負荷に、軋み音を上げながら障壁の亀裂が大きくなっていく。が、この行動に直接の意味はない。あえて言うならば、ルーが呪文を唱え終わるまでの時間稼ぎだ。 障壁が砕け、消滅する。 その先で、ルーが右手を突き出した。 「間に合った」 「ダークマター・ファング」 手の先から放たれた渦巻く暗黒が、唸りを上げてキリシの身体を突き抜ける。痛みは感じなかった。もはや神経が苦痛自体を受け付けないのである。 防御する必要はない。暗黒の奔流に押し流されるように広場を突っ切り、キリシは立ち木に叩きつけられた。猛烈な違和感が胸を掻き乱す。 「……ぐがはっ!」 苦悶とともに口から吐き出されたのは、大量の血だった。今の魔術で内臓をやられたのだろう。吐けるだけの血を芝生に溢してから、手の甲で口元を拭う。 それで終わりだった。 キリシは具合を確かめるように右手を動かしてみる。失血死するほどの血を吐き出したというのに、指先まで何の支障もなく動いていた。 「駄目か……」 一息ついて、顔を上げる。 四人は広場の中央に集まり、各々の構えを取っていた。 「まずは、一通りの攻撃は受けたな。どうだ?」 冷静にハーデスが質問してくる。 その声に押し留められたわけではないだろうが、いきなり飛び出すということはなかった。《杖》を横にぶら下げ、四人を見渡す。 「効いてないな。今みたいな攻撃を何十発くらったところで僕は死なないだろ」 「さすがは発動者か――。四人でもきつい」 さほど動じた様子もなく、ハーデスは呻いた。 キリシは《杖》を持ち上げる。 「もっと破壊力のある攻撃はないのか?」 「今のが、あたしが使える最強の妖術よ。あれより強い妖術は使えないわ」 首を横に振りながら、ルーが答えた。 陽炎が扱う最大威力の攻撃も、今の魔術より多少強い程度だろう。見積もっても、自分を倒すには力不足だ。つまり、自分を殺す方法はないということになる。 「いえ、ありますよ」 真剣な面持ちで、ティルカフィは断言した。 |