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第4節 結束する力 |
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ルーと陽炎が怪訝に目をやると、いつになく強い口調で続ける。 「合成です。魔術と妖術、魔術と神術を組み合わせれば、今のよりずっと強力な攻撃が使えます。これならキリシさんも倒せますよ」 「なるほど……」 同意しながらも、陽炎の声は渋い。 「だが、あれはまだ不完全だ。上手くいく保障はないぞ」 「他に方法がないなら迷わず使え。忘れるな――。俺たちはどんな手を使ってでも、キリシを殺さなければならない」 そう告げるなり、ハーデスはペイルストームを縦に振った。銃身の後部にある弾倉が開き、真紅の弾丸が飛び出してくる。空中でそれを掴み懐に収めると、間髪容れず新しい弾丸を取り出した。今度は黒い弾丸である。それを弾倉に収め、蓋が閉まり、 「――物質破壊弾、装填」 名前が気になった。 が、訊く間もなく引き金が引かれる。咄嗟に、キリシは横に身体をひねっていた。 外れた弾丸が木に幹に命中する。 粉雪を踏むような音を立てて、その部分がえぐれた。弾丸に吹き飛ばされたわけではない。弾丸が当たった部分が、塵となって崩れたのである。 「………」 それを見て、キリシは弾丸の名前の意味を知った。物質破壊弾、弾丸が直撃した物質を問答無用で破壊する。避ける以外に、防ぐ方法がない。 《杖》を握る左手に力が入った。飛び出す。 「これは貴重な弾だ――。弾数が少ないから、通常弾や炸裂弾ように連射することはできない。無駄弾を撃つ前に早く準備しろ。急げ」 キリシの突き出した《銀色の杖》を紙一重で避けながら、ハーデスは他の三人を睨んだ。 キリシは腕を引く。それよりも早く。 ハーデスがその腕を捕らえた。左手で手首を掴み、脇の下に右の前腕を差し込む。投げ技の体勢である。キリシは飛んだ。視界が一回転し、アスファルトがえぐれるほどの力で地面に叩きつけられる。肩に苦痛のない痛みが走った。関節が砕けたらしい。 眉間に銃口が突きつけられ――。 黒い弾丸が、アスファルトを破壊した。 瞬時に身を翻すなり、キリシは《杖》をハーデスの首筋に叩きつける。ハーデスの頭が地面にめり込むのを見送りながら、右腕を上げた。 「食らえ!」 斜め下からの大刀を、右腕が受け止める。さすがに斬り落とされはしなかったものの、斬撃は肉を裂き、骨をへし折った。キリシは衝撃で後ろに飛ばされる。 陽炎は追撃してこない。その場で大刀を頭上にかかげる。 「フリーズ・チャージ!」 「コート・エレクトロン!」 ティルカフィとルーの魔術が発動した。青い神気を帯びた大刀に、純白の冷気と薄紫色の稲妻が絡みつく。それが合成らしい。ティルカフィが言ったように、魔術と妖術を重ねて、効果を相乗させるのだろう。 「成功か……?」 引きつった笑みを浮かべ、陽炎が呟いた。 キリシは左腕を動かす。肩の関節が砕けているというのに、腕は問題なく動いていた。骨が折れておかしな方向に曲がった右腕も、一振りしただけで元に戻る。骨はずれているようだが、動きに支障はない。 何事もなかったように、ハーデスも起き上がっていた。 ティルカフィ、ルーが再び呪文を唱え始める。 「これで少しはマシになるだろ!」 裂帛の気合とともに、陽炎が踏み込んできた。 「雷光氷牙閃!」 青白く輝く大刀が振り下ろされる。それを弾き飛ばすように、キリシは《銀色の杖》を振り上げた。攻撃の速さと重さは互角。二つの斬撃がぶつかり合い、目映い光が瞬く。 「―――!」 火花ではない。大刀のまとった冷気と電撃が、キリシに襲いかかったのだ。爆ぜ散る稲妻が神経を焼き、純白の氷が身体を凍て付かせる。 キリシはよろけるように後退した。その動きは鈍い。 「はあッ!」 陽炎は再び大刀を構え、振り下ろす。 防御は間に合わなかった。キリシの左肩に、大刀が突き刺さる。分厚い刃が、皮膚を貫き、肉を斬り、骨を砕いた。次いで、大刀から放たれた強烈な電撃と冷気が、身体を内側から引き裂く。いくらこの身体でも、この攻撃を受けて無事で済むはずがない。 が、キリシは空いた右手で大刀の柄を握り締めていた。 「嘘だろ……」 その手を見つめる陽炎の顔に、恐怖と焦りの入り混じった表情が浮かぶ。が、動きは俊敏だった。迷わず大刀から手を離し、その場から跳び退く。 《杖》の一閃が、陽炎の腕を浅く斬った。逃げるのがほんの少しでも遅れていれば、腕を叩き折られていただろう。陽炎はいったんキリシから距離を置く。 キリシは肩の大刀を引き抜き、適当に投げ捨てた。 ペイルストームを構えたハーデスが目に映る。 「避けるなよ――」 そんな呟きとともに、ハーデスはペイルストームの引き金を引いた。計五発の漆黒の弾丸が飛んでくる。弾道の先にあるのは、キリシの両腕両足と頭。 (避けるな。これで終わりにする!) 理性は必死にそう告げているが―― 今は闘争本能の方が勝っていた。 身体をひねって二発の弾を躱す。《杖》が一発の弾丸を弾いた。物質破壊弾とはいえ、《杖》までは破壊できないらしい。弾道を逸らされた弾丸が、地面に落ちる。 残りの二発が、キリシの身体をかすった。右の太腿と左の上腕。その部分の筋肉が、骨が露出するほど深く破壊される。どう考えても重傷だというのに―― 「全然効いてないのか……!」 身体は何の異常も訴えていない。単に麻痺しているだけではなく、本当に何の異常もないのだ。大刀を拾う陽炎を横目に見ながら、後ろに跳ぶ。 攻撃しても防がれると考えたのか、ハーデスの銃撃はない。 と、その時だった。 「キリシさん!」 ティルカフィの叫び声が響く。 |