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第7節 冷たい覚悟 |
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ペイルストームが火を噴き、道路を横切るようにいくつもの火柱が上がる。 消防車を追っていた数台の車が、炎の向こうに見えなくなった。これで、もう消防車を追ってくるものはない。あとは研究所まで、一本道である。 「これで邪魔者はいなくなった」 ペイルストームを懐に収め、ハーデスが乾いた声で呟く。 その姿を見つめながら、ティルカフィは恐々と尋ねた。自分の髪を撫でながら、 「あの、いいんですか? これって……」 消防車が市の中央を突っ切る時のことは、正直よく覚えていない。ただ、無茶苦茶に振り回され、車や建物に何度もぶつかり、何十人もの警官に一斉に発砲され、ハーデスがペイルストームを乱射していたことは、ぼんやりと記憶に残っている。 既に窓ガラスは全て割れ、車体も廃車寸前の状態まで壊れていた。 ハーデスはアクセルを限界まで踏み込んだまま、 「あまりよくはないな。だが、死人は出してないから大丈夫だろ。それより、キリシの方が心配だ。あいつが暴走すれば、今のが茶番と思えるほどの大惨事が起こる」 窓は全て砕けているが、車内に風は吹き込んでこない。ティルカフィの作った不可視の魔力障壁が、激しい空気の流れを遮断しているのだ。いつ作ったのかは覚えていない。 後部座席の陽炎が、不機嫌そうに呻く。 「おい、ハーデス。キリシの奴が暴走するって、一体どういうことなんだ――! いい加減俺たちにも分かるように話せ。お前の説明は短すぎるんだよ」 その苦情に、ハーデスは返事をしなかったが。 何かを考えるように、一秒ほど視線を上げる。その冷たい表情から、何を考えているのかを読み取ることはできない。もしかしたら何も考えていないのかもしれない。 ティルカフィの空想をよそに、ハーデスは話を始めた。 「お前たちも知っていると思うが、《銀色の杖》はその中に強大すぎるほどの力を持っている。それは、お前たちやチェイサーを人間から今の姿へと変化させた《要素》の元でもあり、お前たちが扱う特殊能力の源でもある」 「それは分かってるわよ」 ルーが文句を言うが、ハーデスはそれを黙殺した。あらかじめ用意されていた文章を読み上げるように、言葉を連ねていく。 「しかし、《銀色の杖》から直接力を取り出すのは、極めて難しい。膨大な手間と時間がかかる。あのチェイサーも、剣の力の一部を辛うじて使っているにすぎない。ただの人間にとって、《銀色の杖》は単なる頑丈な剣でしかない。発動者を除いて――」 そこで口を閉じた。何かを踏んだのか、車体が跳ねる。 ティルカフィはごくりと喉を鳴らした。キリシの剣を抱えた腕に我知らず力がこもる。 ハーデスは話を再開した。 「発動者は《銀色の杖》に触れるだけで、無条件にその力を引き出すことができる。といっても、すぐに力の全てを使えるわけではない。《銀色の杖》の力を引き出すには、普通は長い時間がかかる。だが……これにも厄介な例外が存在する」 最後の一文だけは、噛み締めるような焦燥が込められている。アクセルを踏む足にさらに力を込めたのだろう。消防車が少しだけ加速したように感じた。 ハーデスは深く息を吸い込み、 「発動者が極度の興奮状態で剣に触れた場合だ。この時、発動者の精神と《銀色の杖》がおかしな共鳴を起こし、剣の力が一気に解き放たれる。結果、発動者は巨大すぎる力を制御できず、精神を崩壊させ、ひたすら暴れまわる怪物と化す。これが暴走だ」 「それって……物凄く危ないこと、じゃないですか……?」 ハーデスの横顔を見つめながら、ティルカフィは確認するように問いかけた。全身を凍りつかせるような恐怖に、声が擦れている。 「ああ。危険だ。前例もないし、《銀色の杖》がどういった力を持っているかも分からない。キリシの暴走がどういうものかも予想がつかない――。チェイサーが無闇にキリシを刺激してないことを祈っとくんだな」 そう言われても、気休めにもならない。 「も、もし……キリシさんが暴走してたら、わたしたちはどうするんです?」 ティルカフィは声にならない声で尋ねた。訊かずとも、何となく答えは予想できる。それでも、訊かずにはいられない。自分の考えを否定してほしかった。 しかし、その願いは無情に打ち砕かれる。 「キリシを殺す。他に選択肢はない」 |