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第4節 作戦成功 |
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目の前で倒れたキリシを見て、ティルカフィは肩を跳ねさせた。 「キリシさん!」 傍らにかがみ込み、声をかける。 「どうしたんですか、キリシさん! しっかりして下さい! 大丈夫ですか!」 しかし、反応はない。いくら声をかけても、キリシは地に伏したまま指ひとつ動かさなかった。まるで死んでしまったかのようである。いや…… 本当に死んでしまったのかもしれないと、ティルカフィは背筋が寒くなった。 「無駄だ――」 いきなり声がする。 「わっ」 振り返ると、ハーデスが立っていた。いつ来たのかは分からない。じっとキリシを見つめている。視線の先、キリシの首筋。 そこに、一本の針が刺さっていた。 ハーデスはその針を抜き取ると、 「お前が何をしても、こいつは起きない。恐ろしく強力な麻酔を撃ちこまれたからな。専用の解毒薬を注射されるまで、絶対に目を覚ますことはない。放っておけば衰弱死するまで眠り続ける。言っておくが、お前の魔術でも治すことはできない」 無慈悲に告げられ、ティルカフィは唱えかけた呪文を中断すると。 ハーデスが左手を動かした。ティルカフィの頭の横に。 パシ! と軽い音を立てて、その手が揺れた。指先ほどの、鈍色の塊が地面に落ちる。 「何で、すか……?」 「対物狙撃銃の弾丸だ――。危ないところだったな。俺が手を出さなかったら、お前は頭を砕かれて死んでいただろう」 こともなげに言うと、ハーデスはペイルストームを堤防の方に向けた。引き金が引かれ、爆音とともに数発の弾丸が放たれる。 堤防の上を横になぎ払うように、爆発が起こった。 「おい。一体どうしたんだ……!」 近づいてき陽炎が、混乱した声を発する。動かないキリシと吹き飛ばされた堤防を、呆然と見つめた。ただし、チェイサーへの注意は怠っていない。 「堤防の上にいた狙撃者三人を片付けた。直撃はさせていないから、死んではいないだろう。ただし、無傷とはいかないがな」 堤防を眺めながら、ハーデスは囁くように言う。独り言のようなその口調は、誰に向けたものかは分からなかった。一拍の間を置いて、 「気をつけろ。ここからが本番だ……」 キリシを肩に担ぎ上げ、陽炎とルーに視線を向ける。 「チェイサーは囮に過ぎない。最大戦力を真正面から叩きつけ、俺たちが戦いに気を取られている隙に、工作部隊を使い戦闘に参加できないキリシを拉致する。まさか、こんな大胆な方法を使ってくるとは思わなかった。ルー」 「ええ、ちょっと待って」 その意味を察し、ルーは辺りに意識を向けた。魔術の明かりの外は夜の闇で、肉眼では何も見えない。そこに探知と透視の網を広げる。 ややしてから、人差し指で眼鏡を動かした。 「囲まれてるわね。今のところはあたしたちの様子を窺ってるみたいだけど――攻撃してきたら厄介よ。バズーカ砲や機関砲まで持ってる。しかも、今朝のチェイサー所長みたいに、毒ガス爆弾まで抱えてるわ」 「なるほど、ここにいる全員が人質ってわけか。気に食わんな――」 険悪にぼやきながら、陽炎は大刀を構えた。 「お前ら……」 唸りながら、チェイサーが起き上がっている。満身創痍の身体だというのに、その目はぎらぎらとした異様な光を湛えていた。ゆらりと翼を広げ、宙に飛び上がった。 「しぶとい奴だな――!」 とどめを刺すべく、陽炎は駆け出し…… 「危ない、陽炎!」 ルーの声に応じるように。 激しい爆発に、陽炎の身体が弾き飛ばされた。バズーカ砲だろう。一秒ほど宙を舞ってから地面に落下する。何とか起き上がるも、さらなる爆発に打ち倒された。今度は起き上がらない。 「陽炎さん!」 ティルカフィは回復魔術の呪文詠唱を始めようとしたが、 「あいつに構ってる暇はない――」 「こっちも来るわよ!」 次に起こることを予知し、ルーがその場を飛び退く。 頭がルーの言葉を理解するよりも早く、ティルカフィはハーデスの右腕に抱え上げられていた。瞬きする間もなく、その場から引き離される。 機関砲の掃射が、地面を吹き飛ばした。 「鬱陶しい」 ティルカフィを降ろすなり、ハーデスはペイルストームを構えた。撃ち出された数発の炸裂弾が、暗闇に突き刺さる。爆音とともに、いくつかの悲鳴が聞こえてきた。 「七人」 確認するように呟くと、銃口を上に向ける。 上空からチェイサーが放った龍気と、ペイルストームから連射された炸裂弾が空中で激突し、炎と爆風を撒き散らした。砂を伴った熱い風が吹き抜ける。 「おい、ティルカフィ。こいつを持っていろ」 言うより早く、動かないキリシを投げつけてきた。 その身体をティルカフィが受け止めるが早いか、ティルカフィの隣へと回り込み両腕を広げるハーデス。黒いコートが翻った。銃声とともに、すぐ間近を衝撃が貫いていく。 ティルカフィを狙った機関砲を前に、ハーデスは自分の身体を盾にしたのだ。 「エア・ストリーム」 飛び来る銃弾と交錯するように、指向性を持った烈風が巻き起こる。空気の唸る音が耳を突いた。ルーが放った妖術である。銃撃が止んだ。 その刹那。 「逃げて!」 ルーの声が響いた。 ハーデスが振り返り、ペイルストームを上げる。 ティルカフィが見たのは、龍気を放つチェイサーの姿だった。 「―――!」 意識が途切れるかと思うほどの衝撃。息がつまり、声すら上げられない。痛みも感じない。気がつくと、ティルカフィは空中にいた。 一緒に吹き飛ばされたのか、ハーデスの姿もある。上下逆さまのまま器用にペイルストームを構え、目付きを険しくしていた。その視線の先にいるのは、目を覚まさないキリシと、その身体を捕まえようとするチェイサー。 ペイルストームが火を噴き、チェイサーを撃つ。 だが、チェイサーは止まらない。 「キリシさん……!」 声にならない声で叫び、ティルカフィはキリシの身体を掴もうと腕を伸ばした。だが、届かない。届かないことは分かっていたが、手を出さずにはいられなかった。 血まみれの腕でキリシを捕まえ、チェイサーは上空へと飛び上がった。闇夜の中に姿が消えていく。ティルカフィはただ眺めていることしかできなかった。 落下感が身体を包む。 「わ!」 ティルカフィは自分が置かれている現実に引き戻された。吹き飛ばされたということは、当然重力の法則に従い落下を始める。地面までの距離はかなりあった。このまま落ちれば無傷では済まない。 やって来るだろう衝撃に、目を閉じて身体をすくませた。が…… ドサ。 衝撃は予想外に小さかった。 「?」 恐々と目を開ける。すぐ側に陽炎の顔があった。焦りの浮かんだ面持ちながら、にやりと笑っている。受け止めてくれたらしい。 「危ないところだったな」 「うん……」 頷きながら、ティルカフィは地面に降りた。恐怖のせいで膝に力が入らない。何となく笑いたい気分だったが、今は笑っている場合ではない。 「それより、陽炎さんこそ大丈夫ですか?」 陽炎の身体には、数え切れないほどの傷があった。服も少し焦げて所々破れかけている。チェイサーの猛攻に加え、バズーカ砲で二回も撃たれたのだ。いくら神気の防御があっても、無事であるはずがない。 しかし、陽炎は気丈に拳を固めてみせる。 「これくらい、どうってことない!」 だが、その声に説得力はなかった。 「最悪の事態だ――」 厳しい声が空気を引き締める。 ペイルストームを懐に収めながら、ハーデスが歩み寄ってきた。あの高さから地面に落下したはずなのに、傷ひとつ見当たらない。本当に頑丈な人である。 「チェイサー所長は研究所に向かってるわ……。それに、あの工作部隊の部隊もいなくなってる……。撤退したみたいね」 夜空を見上げながら、ルーははっきりと後悔のこもった声を吐き出した。いつも無感情のルーがここまで感情を露わにするのは初めてである。 「あ……」 視線を転じると、地面に突き刺さった剣が目に入ってきた。 近づいて、引き抜く。 反りのない片刃の長剣。キリシが携えていたものである。 近くに落ちていた鞘も拾い上げ、ティルカフィは剣を鞘に収めた。 自分はこれをキリシに渡さなければならない。 |