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第3節 それは唐突に |
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「黙れ!」 毒づきながら、チェイサーは再び炎を吐こうと息を吸う。 ハーデスは引き金を引いた。銃声が轟き―― チェイサーの顔面が爆発を起こす。炸裂弾という名の通り、命中した弾丸が爆弾のように炸裂したのだ。炎が飛び散り、爆風が唸りを上げる。 さらに二発、三発と炸裂弾が命中し、爆炎を上げた。 絶叫を響かせ、チェイサーは地面に落ちる。 だが、致命傷には程遠い。空中へ飛び上がると、右腕の一振りで龍気の衝撃波を生み出した。赤い輝きが地面をえぐりながら、ハーデスに迫る。 ハーデスは超人的な反射で横に跳躍し、衝撃波を躱した。地面を転がりながらも、正確に狙いを定めて数発の炸裂弾を撃ち出す。 チェイサーは再び龍気を放ち、炸裂弾を迎撃した。空中で爆発が起こる。 そこへ―― 「旋風投刃!」 陽炎が神気を帯びた大刀を投げ放った。大刀は高速で回転しながら、弧を描くような青い光の軌跡を残してチェイサーに襲いかかる。 チェイサーは龍気を込めた左腕で大刀を弾き飛ばした。 その隙を狙い、 「アイシクル・ストーム」 ルーが両腕を掲げ、妖術を放つ。突如として巻き起こった吹雪の渦がチェイサーの身体を呑み込んだ。吹雪に混じった氷片が、硬い音を立てて弾ける。凍てつく冷風が吹き荒み、銀色の結晶が辺りに降り注いだ。 弧を描いて戻ってきた大刀を陽炎が右手で掴む。次いで、近くの草を左手で引きちぎった。チェイサーの吐き出した炎の残り火。 「神術ってのは、こんなこともできるんだぜ!」 叫び声に応じるように、陽炎を包む神気が赤く燃え上がる。炎の属性を、自分の神気に写し取り、さらに増幅したのだ。大刀を構えて疾る。 魔術の効果が収まり、チェイサーが姿を現す。 辛うじて空中に留まってはいたが、身体中が白く凍りついていた。 「食らえ!」 陽炎が跳ぶ。燃え盛る大刀を振り上げ、 「炎龍爆砕斬!」 炎の神気が爆裂した。深紅の業火が迸り、チェイサーの身体を呑み込む。辺りに漂う冷気を押し退け、焼け付くような熱風が荒れ狂った。冷気と火炎の温度差二段攻撃。 「ダイヤモンド・ランス」 続けて、虚空から生まれた何十本もの透明な槍が、次々とチェイサーに襲いかかる。 最後の駄目押しとばかりに、ペイルストームの炸裂弾が立て続けに撃ちこまれた。いかに強力な龍気で防御を固めようと、この猛攻を受けては無事では済まないだろう。 しかし―― 「グオオオオオアアアアアアアアアアアアアア!」 地鳴りにも似た絶叫とともに、膨大な龍気が解き放たれる。まばゆい深紅の烈光が、爆炎を吹き散らし、大気を切り裂いた。 「プロテクト・バリア!」 「グラシス・シールド!」 ルーとティルカフィが二重の防御障壁を生み出すが……。 押し寄せる龍気を防ぐことはできなかった。障壁は、ひび割れ、砕け、消滅する。 キリシは反射的に身構えた。 視界が白く染まる。痛みは感じない。強烈な衝撃の場合、脳がその痛みを感じるまでに数瞬の時間がかかるのだ。加えてその数瞬は、現実の時間とは比べ物にならないほど長く感じられる。 地面を転がりながら、キリシは役に立たない経験を思い起こしていた。 仰向けに倒れたところで、ようやく止まる。何度も経験してきた通り、全身に痛みが浮き上がってきた。口の中に血の味がにじむ。 「くそ……」 呻きながら、キリシは起き上がろうとして―― 自分の身体の上に、ティルカフィが横向きに乗っかっていることに気づいた。同じ方向に吹き飛ばされたのだろう。だが、目を閉じたままぐったりとして動かない。 「おい、ティルカフィ! しっかりしろ!」 キリシが声をかけると、ティルカフィは身体を動かし、目を開けた。 「うーん……」 寝ぼけたような視線をどこへとなく泳がせてから、 「あ!」 ようやく自分の状態に気づき、キリシの上から身体をどかす。幸いにも怪我はないようである。見かけによらず丈夫らしい。 「大丈夫ですか、キリシさん?」 「いや、あまり……」 首を振りながら、キリシは立ち上がった。身体中が痛むが、以前ルーに吹き飛ばされた時よりはましである。ティルカフィとルーの作った障壁によって、攻撃の威力が軽減されたおかげだ。あれがなければ、この程度の被害では済まなかっただろう。 そんなことを考えていると、 「ヒール・ライト」 白い光の粒子が身体に降り注ぎ、痛みが消えた。以前ルーが使った術である。見ると、傍らでティルカフィがにっこりと笑っていた。心配して癒してくれたらしい。 「ありがとう……」 礼を言ってから、キリシは正面に目を向ける。 始めに目に入ったのは、血まみれで倒れ苦しげに息を荒げているチェイサーだった。 そこを中心にして放射状に地面が削り飛ばされている。近くの堤防もえぐられたように半分崩れていた。改めてとてつもない破壊力だと戦慄する。 少し離れた所で、ルーが立ち上がっていた。ハーデスと陽炎はおおむね無傷である。この二人は、生半可な攻撃ではびくともしないだろう。 近くの地面に刺さっていた自分の剣を掴もうと、キリシは一歩足を踏み出し…… 「え?」 首筋に痛みを感じた。針で刺されたような痛み。 視界が歪む――。 (何だ……?) 状況を理解できぬまま、キリシは崩れるようにその場に膝をついた。全身から急激に力が抜け、立っていることすらできなくなる。身体が全く言うことをきかない。 意識が粉々に砕けていく。 (駄目……だ……! まず……い……) 全身全霊を込めて抗うも、それは無意味な努力だった。 猛烈な喪失感に、何も考えられなくなる。 そこで……。 キリシの意識は途絶えた。 |