Index Top 不条理な三日間 |
|
第2節 龍の力 |
|
魔術の明かりと夜の闇との間から…… ゆらりと、幻影のようにハーデスが姿を現した。右手にはペイルストームを持っている。刃物のような眼差しで、その場にいる全員を見やった。 その姿を見て、ルーは人差し指で眼鏡を持ち上げる。 「遅かったわよ――」 「今まで……どこに隠れてた……?」 力なく起き上がり、陽炎が歩み寄ってきた。思いの外大丈夫そうではあるが、左腕から赤い血が滴っている。チェイサーの爪によるものだろう。 「ハイ・リカバリィ」 だが、ティルカフィの回復魔術によって瞬く間に傷が消えた。 「助かった」 短く礼を言って、陽炎は大刀を両手で構える。 それを眺めてから、ハーデスは無言でチェイサーに銃口を向けた。それに続くように、キリシたちもチェイサーに向き直る。 「ようやく現れたね、ハーデス君」 冷笑を浮かべながら、チェイサーが身構えた。具合を確かめるように右腕を動かしている。撃たれた右腕に、目に見えるような傷はなかった。 「さすが伝説の銃だ……今のは効いたよ。でも、私の皮膚は鋼鉄よりも遙かに硬い。いかにペイルストームの弾丸とはいえ傷をつけることはできない。それに、僕も《銀色の杖》の力を受けた者、君たちのような力を使うこともできる!」 その叫びを証明するように、チェイサーの身体から強烈な赤い輝きが生まれる。色は違うが陽炎と同じ輝き。しかし、その強さは陽炎を上回っていた。 「龍気」 ハーデスが呟き、ペイルストームの引き金を引いた。だが、龍気によって堅く防御されたチェイサーの身体には通じない。跳ね返った弾丸が、辺りの地面をえぐり飛ばす。 「おい。全然効いてないぞ!」 キリシの言葉に応じるように。 ガルガスが銃撃を止める。 チェイサーは巨大な炎を吐き出した。 「グラシス・シールド!」 両腕を振り上げ、ティルカフィが魔術を放つ。魔力が具現化し、五人とチェイサーの間に、六角形のガラスを無数に組み合わせたような障壁が生まれた。障壁に阻まれ軌道を逸らされた炎が、地面の草を焼き払う。 「来るわよ!」 ルーが告げた。ティルカフィの腕を掴み、急いでその場を離れる。 数瞬遅れて、障壁を突き破ったチェイサーが地面すれすれに突っ込んできた。恐ろしいまでの速さ。人間の反射で躱せるものではない。狙いは、ハーデスと陽炎。 龍気を帯びた爪の一撃が、ハーデスを打ち倒した。 続けて、腕の一振りで赤い神気を放つ。陽炎は神気を込めた大刀で攻撃を打ち払い、お返しとばかりに大刀を振った。 「疾風刃!」 三日月型の神気の刃が空を引き裂く。 しかし、チェイサーは身を翻して神気刃を躱した。そのまま垂直に飛び上がると、地上十五メートル辺りに静止し、悠然と五人を見下ろす。 「………」 キリシは剣を下ろした。自分の力は全く役に立たないことを痛感する。 「大丈夫ですか、キリシさん?」 いつの間にか近くにいたティルカフィが、心配そうに声をかけてくる。 キリシは一瞥を返すだけで何も言えなかった。 「なるほどな」 地面に倒れたハーデスが、何事もなかったかのように起き上がっている。通常の数倍に威力を増した攻撃をまともに受けたというのに、その身体に傷はない。 冷たい目付きでチェイサーを見上げると、 「大体分かった――。お前は桁違いに強い。純粋な力だけならば俺たちを上回っているだろう。さすがに《銀色の杖》の力を限界以上に取り込んだだけはある」 「お褒めの言葉、感謝します」 空中に留まったまま、チェイサーは慇懃な態度で器用に一礼する。 ハーデスは続けた。冷たく、淡々と、 「だが、所詮は付け焼刃だ。人間としての許容量を上回る力と能力を、お前は使いこなせていない。単調な力技は出せても、経験と錬度を要する高度な技は使えないということだ。単純に龍気を放ったり、攻撃力や防御力を高めることはできても、それ以上のことはできない。何より、戦士として実戦経験が皆無ということが問題だな」 その指摘に、チェイサーの表情がひび割れる。 ハーデスは右手に持ったペイルストームを縦に振った。銃身の後ろにある弾倉が開き、銀色の弾丸が飛び出してくる。空中でそれを掴み懐に収めると、間髪容れず赤い筒を取り出した。新しい弾丸らしい。それを弾倉に収める。弾倉の蓋が閉まり、 「――炸裂弾、装填」 呟きながら、ハーデスがペイルストームを構えた。 「第二回戦開始だ」 |