Index Top 不条理な三日間

第4節 銀色の杖


 キリシが持ってきた缶詰で朝食を済ませ、五人は旧リンデン中学校を後にした。それから、陽炎に案内されるまま歩くことしばし。やって来たのは、郊外にある工業地帯だった。辺りには無機質な四角い建物が並んでいる。
「そろそろ話してくれないか?」
 鞄を肩にかけ直し、キリシは隣を歩いている陽炎に視線を投げかけた。
 陽炎は耳の後ろをかきながら、
「そうだな。いつまでも黙ってるわけにもいかないしな」
 所々にひび割れの見られるアスファルトの道を歩いていく。休日の工業地帯で、しかも朝ということもあり、人の気配は全くなかった。おかげで、誰かに見つかる心配もない。
「これから俺たちが取りに行くのは、《銀色の杖》って代物だ」
「《銀色の杖》?」
 キリシはその名前を繰り返した。簡潔なのかぞんざいなのか、微妙に判断しにくい名前である。その分かりやすい名前から、何かの鍵ということは知れた。
 後ろを歩いているガルガスが、のんきに呟く。
「何つーか、胡散臭い名前だな」
「それについては、特に否定はしないが」
 笑いながら、陽炎は消極的な肯定を示した。自分でもそう思っているらしい。
 キリシは人差し指で眉をこすり、
「何なんだ? 《銀色の杖》って」
 尋ねると、陽炎はいくらかの間を置いて、
「《銀色の杖》が何なのか……正直、俺にもよく分からん」
 その言葉通り、よく分からないといった面持ちで頭をかいた。それに合わせて、尻尾がふらふらと左右に動いている。
「分からんって……」
 肩透かしを食らったような心地で、キリシはこめかみを指で押さえた。
 しかし、陽炎は気にせず話を続ける。両腕を左右に開いて、
「ただ、見た目はこれくらいの長さの剣だ。名前は杖なんだがな」
 手の間隔からするに、その長さは百二、三十センチほどだろう。となると、刃渡りは百センチくらいか。キリシが腰に差している剣よりも、一回り大きい。
「反りのない両刃で、全体が白い石みたいな物質でできている。刃は柄部分と一体になっていて、装飾の類は一切ない。作りは地味で無骨。その形状は、白い石の剣って言うより剣の形に削った白い石だな」
 その説明のままに、キリシは頭の中に《銀色の杖》を描き上げた。大きな白い剣。これといって特別なものではなさそうだが……
「それって、単なる剣じゃないんだろ?」
「ああ――」
 と肯定してから、陽炎は自分を指差す。
「どうやら、《銀色の杖》は、俺たちをこの姿に変えた《要素》の元らしい」
「《要素》の元?」
 昨夜、陽炎は「自分たちは特殊な《要素》を移植された」と言っていた。その時は、いわゆる遺伝子操作や人体改造の類だと思っていたのだが、今の話し方からするにどうも違うようである。
 陽炎は確信のない声で答えた。
「研究所の科学者が話してるのを聞いただけで、俺が直接調べたわけじゃないんだが。《銀色の杖》は、何か超常的な力を持ってるみたいなんだ。その力を抽出して手を加えたものを人間に移植すると、俺たちみたいなのができる――らしい」
「超常的な力……って、本当なのか?」
 疑わしげに、キリシは呻いた。超常的な力とは、自然法則を超えた力という意味だろう。そういうものが実在するとは考えにくい。身近に実在するといえば実在するが。話が段々と現実離れしていくように感じる。
 陽炎は適当に手を動かして、
「現に俺たちがいるんだから、おおむね本当なんだろ。それに、俺たちが使う神術や魔術、妖術なんて、超常的な力そのものだし」
「そうだが……」
 反論が思いつかないので、キリシはおとなしく同意した。確かに、三人の存在、三人が使う力は自分の知識の範疇を超えている。
 そこで、ふと怖い考えを思いついた。
「それより、《銀色の杖》を取りに行くって……まさかこれからヴァレッツ研究所に奪いに行くつもりじゃないだろうな――?」
「んなことするか」
 陽炎は当然とばかりに言った。
「《銀色の杖》は、研究所を逃げる時についでにかっぱらってきたんだよ。これからの切り札になるかもしれない、って考えてな」
 口の端を上げて、人差し指を左右に動かす。
「これから行くのは、俺が《銀色の杖》を隠した場所だ」
「その隠し場所って、どこなの?」
 という声が後ろから割り込んでくる。振り向き見やると、ルーが相変わらず半分寝ぼけているような眼差しを陽炎に向けていた。その赤い瞳から感情が読めないが、何となく不満そうなのは分かる。
 その態度が気になり、キリシは訊いてみた。
「《銀色の杖》が隠してある場所、知らないのか?」
「はい――」
 答えたのは、ルーでなくティルカフィだった。左手で髪を撫でながら、
「《銀色の杖》を持って逃げたのは陽炎さんですから」
「どこなの?」
 ルーが繰り返すと、陽炎は何も言わずに足を止める。それに半秒ほど遅れて、キリシたちも立ち止まった。歩いてきた道の突き当たり――
「ここだ」
 陽炎は目の前を視線で示す。
 そこは、工事現場だった。新しい工場でも建てるのだろう。高さ二メートルほどの白い塀の向こうに、鉄骨でできた建物の骨組みが見える。今は工事も休みなので、人の気配はない。正面の扉も閉まっていた。
「《銀色の杖》はここにある」
 言いながら、扉を押し開ける。鍵はかかっていないらしい。扉の隙間から、陽炎は工事現場に入っていった。その後に、キリシたちも続く。
 中には、布をかぶせた鉄骨や束になった長い鉄パイプ、セメントの袋、クレーン車などの重機が置かれていた。どこにでもある工事現場の風景である。
「研究所から逃げる途中に、俺はここに《杖》を隠したんだ。真夜中だったから、《杖》を隠すところは誰にも見られてないし、《杖》に付いてた発信機みたいなのも全部壊して捨てといたから、《杖》が見つかってる可能性は皆無だ」
 奥へと進みながら、陽炎は断言した。
 そうして、工事現場の一番奥までやって来る。だが、その辺りに《銀色の杖》らしきものはない。あるのは、積まれた鉄骨と木箱が数個、スコップに紙くず、その程度である。
「どこにあるんだ? 《銀色の杖》――」
 キリシが周りを見回すと、陽炎は自分の足元を指差した。
「ここに埋めた」
 その言葉に、キリシは視線を下に落とす。
 よく見ると、陽炎の指差す所だけ地面の色が微妙に変わっていた。注意しなければ気づかない程度の痕跡である。気づいたところで工事現場にある埋め跡など誰も気にしないだろう。
「というわけで、穴掘りだ」
 陽炎は鉄骨の近くに転がっていたスコップを拾い上げた。
 すると、
「力仕事は、男の役割よね」
「頑張って下さい」
 さりげなくルーとティルカフィが主張してくる。その後に続けて、
「頑張れよー、お前ら」
「お前は手伝え」
 その言葉とともに陽炎が投げつけたスコップが顔面を直撃し、ガルガスは後ろにひっくり返った。が、いつも通り、かすり傷ひとつなく起き上がる。
 キリシは鞄を近くに置いて、スコップを受け取った。
 浅く息を吸い込み、陽炎とともにスコップを地面に突き立てる。ぶつぶつと愚痴をこぼしながら、案外素直にガルガスも穴掘りに加わった。
「どれくらいの深さに埋めたんだ?」
「結構掘ったから、一メートルくらいだな」
「もう少し浅く埋めろ。手間がかかる」
 そんなことを言いながら穴を掘ること数分。
 穴の深さが一メートル近くなって――
「駄目!」
 突如として、ルーの声が響いた。
 何が駄目なのかは分からなかったが、キリシと陽炎は反射的に動きを止める。
 だが――ガルガスだけは、そのまま穴の底にスコップを突き刺した。

Back Top Next