Index Top 不条理な三日間 |
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第4節 本当の非日常 |
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頭が重くなる。 「この時に気に入られたんだな。きっと……」 ガルガスが自称した「この学校で一番有名な生徒」の意味は、新しい学校生活が始まった即日に知ることとなった。この学校で最も迷惑な生徒。その翌日には、キリシはガルガスにつきまとわれることとなる。 今では、ガルガスの相方としてすっかり学校中に名が知れ渡っていた。 「こいつに会ってから、僕の人生は狂い始めたんだ……」 実のところ、キリシは元々運の強い人間ではない。故郷にいた頃も、時々意味もなく不幸な目にあっていた。しかし、それも半年に一度程度の割合である。 それが、ガルガスに会ってからは、それが十日に一度まで激増した。しかも、その危険度も数倍に増している。今日のボクシング部との一件もまだ軽い方だ。 図書室で本棚の下敷きになったり、校舎の屋上から逆さ釣りになったり、野良犬十数匹と取っ組み合いをしたり、実験室の爆発で火ダルマになりかけたり……などなど。 危うく死にかけたのも一度や二度ではない。 まさしく、歩く疫病神である。 だが……。 「あいつ、そもそも何者なんだろ?」 キリシは薄紫色の空を見上げた。かれこれ一年以上も腐れ縁が続いているが、キリシはガルガスのことをほとんど知らない。どこで生まれてどう育ったのかはもちろんのこと、現在どこに住んでどう暮らしているかさえも知らないのだ。 その存在は謎に包まれている。 「少なくとも、人間じゃないな」 それが、キリシのガルガスに対する最低限の認識だった。人間離れした身体能力と、鋼鉄並の頑丈さ。さらに、人間の常識を超越した行動を取ることすらある。 見た目は人間だが、その中身は絶対に人間ではない。もしかしたら、異世界から迷い込んできた未知の生命体かもしれない。もしくは、宇宙人か。はたまた…… そんな下らないことを考えていると。 「ん?」 微かな寒気に背筋を撫でられ、キリシは足を止めた。何度となく危険な目にあってきたため、自然に身についた危険察知能力である。 この直後には、必ず何かが起こる。 (今度は、何だ――?) キリシは身構え、周囲に注意の網を広げた。 それに応えるように、少し先にある細い路地から、白い人影が飛び出してくる。その人影が白いは、白いマントに身を包み、白いフードを目深に被っているからだった。 そして、理由はその奇妙な姿に気を取られたからだろう。 自分に向かってくる人影を避けられなかったのは―― 「うあ!」 「きゃっ!」 真正面から体当たりを食らって、キリシは仰向けに転倒した。ぶつかってきた人影も、自分に重なるように倒れる。ややして、買い物袋が道に落ちた。 「ああっ。ごめんなさい……」 どことなく間延びした声で、人影が謝ってくる。その声は、自分よりもやや年下の少女のものだった。年齢にすれば十五、六歳だろう。 二人分の体重を受けた背中の痛みをこらえながら、顔を上げる。予想通り、自分の上に乗っているのは、声の通りの十五、六歳の少女だった。被っていたフードがめくれて、その顔が明らかになっている。 が―― 「人間、じゃない……?」 キリシは我知らず呟いていた。 その少女は人間ではなかった。基本的な顔は人間なのだが、明らかに人間とは違う。薄い緑色の髪の毛と、尖った細長い耳。どちらも、人間にはない。 「あの、すみません……。わたし、追われているんで……」 言いながら、少女はよたよたと起き上がる。しかし。 (追われているんで?) その言葉が引っかかった。 加えて、脳裏に弾けるさらなる危険信号。 「危ない!」 跳ね起きざまに、キリシは少女を横に突き飛ばした。自分も反対側へ跳ぶ。 ―――! 音のない衝撃がその空間を貫いた。 さきほど少女が出てきた隙間から、新たな人影が姿を現している。黒い服に身を包み、サングラスをかけた、見るからに怪しげな男が三人。 左の黒髪の黒服が、拳銃を構えていた。今の衝撃は拳銃の弾丸だろう。銃声がなかったのは、消音機が内蔵されているせいか。 「気をつけろ。殺してしまっては意味がないぞ」 中央の金髪の黒服が、黒髪に告げる。 キリシは右へ跳んだ。 「―――!」 焼け付くような痛みが神経に突き刺さる。音もなく撃ち出された銃弾が、左の二の腕をかすったのだ。咄嗟に避けていなかったら、心臓を撃ち抜かれていただろう。 キリシは右手で傷口を押さえた。生暖かい血の感触が伝わってくる。 「だ、大丈夫ですか……?」 起き上がった少女が、傷口を見ながら驚いたように訊いてきた。だが、現在置かれている危険な状況とは対照的に、その声にはいまひとつ緊迫感が感じられない。 その落差に、キリシはちょっと泣きたくなった。 「あまり大丈夫じゃない――」 小声で呟いて、少女を守るような位置に移動する。 傷口を押さえたまま、キリシは黒服三人を睨んだ。 「本気で、殺す気だな……」 「そうだ」 黒髪が短く答える。 右の赤毛が、続けた。 「我々を見たからには、消えてもらう」 「お前ら、何者だ?」 「知る必要は、ない――」 そう言って、黒髪は拳銃を構えてみせる。その銃口が一直線に自分の眉間を狙っているのは、容易に知れた。引き金が引かれれば、自分は死ぬだろう。 キリシは歯を食いしばった。 (これが、僕の最期か――!) だが。 「待ったああああ」 張り詰めた空気を引き裂き、聞き慣れた大声が響く。 その声を聞いて、キリシは脱力した。少女と黒服は周囲に視線を向け、ほとんど同じくしてそれを発見する。近くにある三階建ての建物の屋上に佇む黒い影。 腕組みをして、黒いコートをマントのようにはためかせている。 「ガルガス……。また、何の脈絡もなく……」 キリシはげんなりと呻いた。呻くしかない。 「とうッ!」 ガルガスが跳ぶ。 空中で二回転半、華麗に舞ってから。 ゴガッ! 激突音が響いた。ガルガスはこれまた華麗なまでに着地に失敗する。地面にめり込み、硬いアスファルトに放射状のひびを走らせた。 |