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第2節 激突!


 明日香は――
 時雨をコンクリートの床に突き刺した。剣気の竜巻を打ち込まれ、ビルを支えていた壁と柱が粉々に砕かれる。明日香の剣気は斬れ味を持っているが、さほど鋭利ではない。
 轟音とともに、ビルが崩壊を始めた。
 寒月と明日香は、跳ぶ。
 手近なビルの屋上に着地した時には、元いたビルは消えてた。土煙が舞い上がる。
「冗談じゃない、ぞ……」
 向かいのビルの屋上には、明日香が立っていた。
 紅を床に突き立て、寒月は烈風と疾風を抜く。明日香に狙いを定め、
「跳弾! 速射!」
 二つの銃口から、機関銃のように弾丸が撃ち出された。一秒間に飛び出す弾丸は、十発を超える。銃弾は空中で跳ね返り、あらゆる方向から明日香に襲い掛かった。
 明日香は振り回すように時雨を動かし、弾丸の約半分を弾き飛ばす。半分は命中したが、命中した途端に修復が始まっていた。銃撃は通用しない。
 寒月は銃を収め、紅を抜く。その場を離れ――
 巨大な剣気が、屋上をえぐった。向かいの屋上から、明日香が放ったものである。
「剣気の威力は明日香の方が上。剣気を飛ばされたら、防ぐのは難しい。ここは、不利でも接近戦に持ち込むしかない!」
 続けて飛んで来た剣気が屋上を破壊する寸前に、寒月はビルから飛び降りていた。明日香の立っているビルの最上部に狙いを定め、
「一文字!」
 放たれた剣気が、ビルを斜めに切断する。
 屋上を含めた数階が、滑るように落ち始めた。
 寒月は土煙の漂う地面に下り立ち、
「再生の光」
 ジャッジを使って斬られた傷を治す。空いた時間を無駄に使うわけにはいかない。
 明日香を乗せた屋上が地面に落下し。
 土煙を突っ切り、明日香が現れる。
「無垢の煌き! 金剛の力! 鉛の刃!」
 ジャッジの三段重ね。身体に莫大な負荷がかかるが、躊躇してはいられない。明日香の速さは、さっきよりも増している。小技や正攻法など通用しない。
 寒月は紅を構えた。斬れ味、力、重さ。全てを増した斬撃を、明日香に繰り出す。防がれることは予想していた。だが、この一撃で時雨を斬り折る。斬り折っても一秒以内に修復されるだろうが、隙はできるはずだ。
 明日香は時雨を持ち上げ、予想通り紅を受け止めた。が、時雨は折れない。刃を包む剣気の強さが増している。刀を掴む力も。
「成長している――?」
 明日香の反撃が来る。
 寒月は、意識を絞った。明日香の力は自分を勝っている。真正直に受け止めることはできない。もし受け止めれば、紅が弾かれるだろう。
 後退しながら、寒月は飛び来る斬撃を受け流した。しかし、柄を握る手は、衝撃に痺れを覚えている。防戦に回っていれば、そう遠くないうちに切り崩されるだろう。
 攻撃に回らなければならない。
 寒月は意を決した。
「天翔流奥義――」
 時雨が右胸を斬るが、無視する。
 明日香が逃げようとするが、逃がすわけにはいかない。
 寒月は踏み込みとともに、紅を振りかぶった。
「百花繚乱!」
 何本もの剣気の刃を伴った強烈な十連撃が、明日香をずたずたに斬り刻む。超高速の斬撃とともに、何十本の剣気の刃を打ち込む大技。記憶にある中で、この奥義を食らって生きていた者はいない。
 明日香は全身から血を吹き出して地面に転がった。
 寒月は胸に残った時雨を引き抜く。剣気は帯びていない。それを、紅で破片となるまで斬り刻んだ。金属片が辺りに散らばる。武器は破壊できた。
 が――。
「不死身か……」
 身体の傷を修復しながら、明日香は立ち上がっている。その手には、細長い銀色の板が握られていた。ステンレスの百センチ定規。落ちていたものを拾ったのだろう。
 たかが定規とはいえ、剣気を込めれば凶器と化す。
「天翔流奥義――」
 呟いたのは明日香だった。定規を振りかぶり、
「冗談だろ……」
 寒月が呻き――
「百花繚乱」
「神速の風! 鋼鉄の護り!」
 突進とともに繰り出された二十発もの斬撃。寒月は紅を動かし斬撃だけは防いだ。が、ともに放たれた剣気は防ぎようがない。身体が滅多切りにされる。
 全身から血を吹き出しながら、寒月は吹き飛ばされた。明日香の剣気は斬れ味が鈍いため細切れされることはないが、重傷には違いない。身体中が痛む。
 寒月は空中で地面に手を突き、立ち上がった。血は止まらず流れている。
 明日香は定規を捨てて、時雨の柄を拾い上げた。刀身はない。が……
 辺りに散らばった破片が浮き上がり――
 寒月は痛みを忘れて飛び出した。紅を振り上げ、袈裟懸けに振り下ろす。
 ギィン!
 明日香は、修復した時雨で紅を受け止めた。手首を返し、紅を弾き飛ばす。
 寒月は間合いを取るように後退した。後退せざるをえない。
「朝霧流――」
 明日香が間合いを消失させる。
「百烈衝!」
「がはっ」
 身体中に風穴を開けられ。
 血しぶきを軌跡のように残しながら、寒月は吹っ飛んだ。背後の、ビルの壁面に背中から叩きつけられる。コンクリートの壁面に亀裂が走り、紅が手からこぼれ落ちた。
 咳とともに、大量の血を吐き出す。
「再生の光……!」
 傷を回復させながら、寒月は力の入らない手で紅を拾い上げた。それを正眼に構える。身体は動く。諦めるわけにはいかない。自分は明日香を殺さねばならない。
 明日香が時雨を横に構えた。
「一文字!」
 横薙ぎの剣気が寒月に迫る。斬れ味は鈍いが、破壊力は洒落にならない。
「斬!」
 紅の一撃が、辛うじて剣気の一部を破壊した。
 しかし、残りの剣気は、寒月の後ろにあるビルの一階部分を粉砕する。
「化物だな……」
 寒月は呟いた。
 一階の支えを失ったビルが、崩れ落ちる。

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