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第3節 戻る意志、進む勇気



 何度目かの破壊音。
 ヴィンセントは立ち止まって、後ろを振り返った。
 一緒にいたカラも立ち止まって、振り返る。
「カンゲツ、大丈夫かな……?」
 市の中心を見ながら、不安げに呟いた。だが、答えは分かっている。一級最強の執行者といえど、覚醒した半妖に挑んで大丈夫なわけがない。
 高層ビルの影が、いくつかなくなっていた。
「無謀な戦いです。しかし、彼はそれを選びました」
 厳かに、ヴィンセントが呟く。寒月が明日香を倒せる確率は、一パーセントにも届かない。だが、寒月は明日香を殺しに行った。自分が死ぬだろうことを知りながら。
「ヴィンセント。ワタシたち――」
 声をかけられ、ヴィンセントはカラを見やった。カラは、自分がどうすればいいか迷っている。逃げるのか、引き返すのか。
「僕たちが行っても、戦況は変わらないでしょう」
 ヴィンセントは冷静に分析した。明日香の力は圧倒的である。たかが数人の力で、明日香を止めることはできないだろう。
 カラが独り言のように呟く。
「ワタシたち、怖くて逃げてきちゃったけど、寒月は戦ってるんだヨネ」
「そうですね……」
 ヴィンセントは答えた。寒月は明日香と戦っている。だが、殺されているということも考えられる。考えたくはないが、ありえることだ。
 市の中央に目を向け、カラは言った。
「ワタシ、カンゲツの所に戻る!」
「待って下さい」
 ヴィンセントは飛び出しかけたカラの肩を掴む。
「君一人行っても、何も変わりません」
「だけど!」
 拳を固めてカラは叫んだ。
 強い意志を帯びた金色の瞳。そこからは、何の反論も受け付けないとう思いが伺える。それは、時々寒月が見せる決意の眼差しに似ていた。
 ヴィンセントは、何の脈絡もないことを言う。
「僕たちは、寒月殿に命を助けられました。ここでこうして話をしていられるのも、寒月殿のおかげです。彼がいなければ、僕たちはここにいません」
 ヴィンセントは住処の古城にある宝を狙った魔道士たちに襲われ、そこを寒月に助けられた。寒月が来なければ、殺されていただろう。
 カラは族長を決める騒動に巻き込まれた。寒月が仲裁役として現れなければ、反対派に殺されるか、村を追放されていただろう。
「僕たちは、寒月殿によって生かされたのです」
 そう言うと、ヴィンセントは市の中心に目を向けた。再び、崩壊音が聞こえてくる。明日香が壊したのだろう。ビルの影がひとつ消えていった。
「その命、彼のために懸ける覚悟はできていますか?」
「できてるヨ!」
「死ぬかもしれません。……多分、死ぬでしょう。覚悟は、いいですか?」
「ウン」
「いいでしょう」
 ヴィンセントは両腕を左右に広げた。それに応じるように、ばさりと音を立てて背中から一対の翼が現れる。蝙蝠のような黒い翼。夜のみ使える妖術だ。
「寒月殿の所には、僕も行きます。一人だけでは無力かもしれませんが、二人ならば少しは寒月殿の助けになるはずです」
「ヴィンセント!」
 カラが嬉しそうに表情を輝かせる。
 ヴィンセントは口の端を上げて、
「それに、逃げるというのも格好悪いですからね」
 言うと、カラの手を取った。
 ここから市の中心まで走っていくのは、時間かかる。
「三分以内に寒月殿の所まで飛んで行きます。速いので、振り落とされないようにしっかり掴まっていて下さい!」
「アイ・シー!」
 カラの返事を聞いて。
 ヴィンセントは床を蹴り、翼を動かし空へと飛び上がった。
「風よ道となれ!」
 魔法によって起こった風が、飛行速度を加速させる。二人は、市の中心――寒月と明日香が戦う戦場へと、射ち放たれた矢のように向かっていった。

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