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第1節 吸血鬼と人狼 |
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ビルの屋上を風が吹き抜けていく。 「ねえ、寒月。この人たち、誰?」 時雨を鞘に納めて、明日香が訊いてきた。その視線は、格好に不似合いな大鎌を持ったヴィンセントと、年端もいかぬ少女に見えるカラを示している。 寒月は落とした銃を拾いながら、 「昨日言った、俺の仲間だよ。名前は――」 告げる前に、ヴィンセントが礼儀正しく一礼した。 「初めまして。僕はヴィンセント・フォン・ゲイトと言います」 「ワタシ、カラ・セブティ言うヨ。よろしくー」 気楽に手を上げるカラ。だぶだぶの袖が腕をずり落ちる。 二人を順番に眺めてから、明日香は再び尋ねた。 「ええと、あなたたち、妖魔なの?」 「そうだヨ」 カラが快活に答える。 ヴィンセントは持っていた大鎌を動かした。大鎌は黒い霧と化して、空気に溶けるように消える。一時的に消滅させたのだろう。 「僕は、人間が言うところの吸血鬼です」 それを聞いて、明日香は目をきらりとさせる。 「吸血鬼! じゃ、血とか吸ったりするの?」 「一応吸いますけど。ここ百年は吸ったことありませんね。血を吸わなくても、困ることはありませんから」 「なら、何でこんな昼間でも平気なの? 吸血鬼って、日の光に当たると灰になっちゃうんじゃない? それと、十字架とかニンニクが苦手ってホント?」 「一族の中には日光に弱い者もいますが、僕はおおむね大丈夫です。妖術のいくつかが使えなくなってしまうだけですね。あと、十字架とニンニクですが、それは迷信です」 明日香の質問に、丁寧に答えるヴィンセント。 ひとしきり話を聞き終わってから、明日香はカラに向き直った。 「あなたも、妖魔?」 「ウン、そうだヨ。ワタシはワーウルフ。日本語じゃ、オオカミショウジョって言うみたイ。狼に変身できるヨ。凄く強くなるヨー」 「強いって……」 訝しげに、カラを眺める。 「強いの、この子?」 人間の年齢にして、十二、三歳。身長は約百四十センチと小柄である。身体も細く、顔にも幼さが見える。強いようには見えない。 風になびく髪を押さえながら、寒月は告げた。 「見かけに騙されるなよ。外見は子供だが、そいつは人狼族の中でも、随一の使い手だ。単純な腕力だけでも、お前を凌駕している。変身すれば、それを上回る。ついでに言えば、カラはお前より年上だ。精神年齢は見た目通りだがな」 「凄いでショ」 得意げに胸を張るカラに、明日香は尋ねた。 「変身って、満月見ると変身するの?」 「ううン。仲間の中にはマンゲツ見ないと変身できないのもいるケド、ワタシは自分の意思ダケで変身できるヨ」 「へえ」 改めてカラを見つめる明日香を眺めながら。 寒月はヴィンセントに向き直る。この二人には、いくつか訊きたいことがあった。その内のひとつを言葉として、吐き出す。 「何で、こんな所にいるんだ? 明日香の家に来るように伝えたはずだが」 「初めは、あなたの示した場所へ行こうと思ったんですけど……」 ヴィンセントは懐から紙切れを取り出した。寒月が送りつけた地図である。明日香の家に、目的地という言葉とともに×印が描かれてあった。 「僕たちは漢字が読めません」 「あ、ああ……。すまん」 寒月は頭を下げた。ヴィンセントの言う通り、地図には漢字しか書かれていない。これでは、漢字の読めない二人にとって、模様と記号の羅列だろう。 「急いでいて、振り仮名書き忘れた」 「でしょうね」 予想通りといった表情で、ヴィンセントが頷く。 寒月は咳払いをして、 「で、何でこんな所にいるんだ?」 「道に迷っている最中に、人間の武器を持った妖魔を見ましてね。気になってそれを追いかけていたら、あなたに辿り着いたんです」 「そうか」 寒月は頷く。 |