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第6節 駆け付けた仲間


「飛翔の翼!」
 寒月はひときわ強く屋根を蹴った。目の前には幅の広い川が流れている。土手まで入れれば、二百メートルを超えるだろう。
 土手を飛び越え、百メートル以上も跳躍し、川の中央へと落下していく。
「いああああああ! 落ちるうううううううううう!」
 明日香の泣き声は聞き流し、寒月は水面に足をつけた。が、沈むことはない。その足で水面を蹴って跳び上がり、向かい側の土手に下り立つ。
 振り返ることなく、寒月は土手を走り抜けた。道幅の広い国道へと飛び出す。
 寒月は再び加速した。走っている車の間をすり抜けるように、足を動かす。風が耳元で唸りを上げていた。道の両側には、背の高いビルが並んでいる。
「あんた……今、何キロくらい……出してるの!」
「時速にして百二十キロくらいだ」
 交差点に差し掛かったところで、寒月は跳び上がった。左斜め前にある十階建てのビルの壁に足をつけ、ジャッジを使って壁面を駆け上っていく。
 ビルの屋上まで辿り着いたところで、明日香を下ろす。
 左手で疾風も抜き、寒月は追ってくる敵に対して戦闘態勢を取った。状況を察してか、明日香も時雨を袋から取り出している。
 待つこと五秒。
 五人の妖魔が視界に飛び込んできた。各々、銃火器を持っている。
 烈風と疾風が火を吹いた。
 が――。
 妖魔たちの身体には傷ひとつない。
「防弾服か」
 寒月は呻いた。自分の銃は妖魔を倒すために作られている。妖魔には有効だが、弾丸としての威力は人間が作った銃と同じ。防弾服で十分に防げるのだ。
 武器を持った妖魔たちが屋上に下り立つ。全身を黒い防弾服で覆っているが、その姿は人と変わらない。
(中級妖魔が五人か)
「人間の作った武器を使うのは不本意だが……。こうして使ってみると、人間の武器というのも、便利なものだな」
 自動小銃と防弾服を見ながら、妖魔の一人が呟く。
 寒月は烈風と疾風を構え直した。通常の銃撃は効かなくとも、ここにいる妖魔たちを倒す方法はある。だが、それをやれば相手を殺しかねない。
 妖魔たちが武器を構える。ならば、
「貫通弾!」
 ジャッジを使って撃ち出された弾丸が、妖魔たちが構えた武器を破壊する。身体に当てれば殺しかねないが、武器を壊すだけなら相手を傷つけることはない。
 しかし。
「きゃあッ!」
 聞こえてくる明日香の声。
 振り向くと、明日香の身体に数本の鎖が絡みついていた。太さの違う黒い鎖である。ぞっとしながら、その鎖を辿っていくと――
「チェイン」
 屋上の片隅に、赤いドレスを着た赤髪の女が立っていた。口元に妖しい笑みを浮かべている。右手の手首から先が鎖となって、明日香の身体に絡みついていた。
「この子は貰うわよ。寒月」
 からかうように言ってくる。
 寒月は銃口を鎖に向けて――
 衝撃に殴り倒された。誰かの放った妖術だろう。
 跳ね起きて、妖魔たちの方に銃口を向ける。しかし、明日香の方を放っておくわけにはいかない。明日香を助けようとすれば妨害が入り、妖魔を倒そうと思えばその隙に明日香は連れ去られるだろう。
(油断した……。こんな作戦で来るとは思わなかった! 誰も殺さずにこの状況を切り抜けるのは不可能か――! 仕方ない)
 烈風、疾風を手放し、左手をかざす。
「くれ――」
 ズザッ!
 銀光が閃き、五人の妖魔が防弾服ごと胴を断たれてその場に倒れる。
 妖魔を斬ったのは、死神が持つような大鎌だった。それを花束のように軽々と持っているのは、丸いサングラスをかけた紳士風の男である。
「遅くなってすみません」
「お前は……ヴィンセント!」
 ヴィンセントの姿を見て、チェインが呻き声を上げる。
 明日香はその隙を見逃さなかった。時雨の柄に手をかける。
「朝霧流居合・一閃!」
 鞘走りで加速された白刃が、身体に絡みついていた鎖を断ち斬る。並の刀ではできないことが、鋼鉄も斬れるほどに強化した時雨には、難しくはない。
「きゃああっ!」
 反射的に鎖を戻すチェイン。
 鎖に変えていた右手を押さえて、憎々しげに明日香を見やる。それを見返し、明日香は得意げに時雨を動かした。妖魔を斬れたのが嬉しいらしい。
「この、小娘ッ」
「トォォォリャァァァァ」
 ガスッ!
 横から飛んできた足が、チェインの頬をえぐる。鈍い音が聞こえた。不意打ちとその威力に、チェインは冗談のように転がり、コンクリートの床を舐める。
 空中で一回転して、床に下り立ち――
「奇襲セイコー! やったネ!」
 小柄な少女が、Vサインをした。身体より一回り大きな民族衣装がはためく。
「カラ」
 寒月はその少女の名を呟いた。
 カラは起き上がったチェインに向き直り、拳を固める。外見年齢のせいで頼りなげに見えるが、それは立派な戦闘態勢だった。
「三対一と、形勢は不利ですよ」
「あたしは入ってないの?」
 ヴィンセントの台詞に、明日香が文句を言う。
 二人をよそに、寒月は表情を消した。
「チェイン――。お前には、人間二十五人、妖魔七十八人を殺害した罪状で、即時抹殺命令が出ている。よってこの場で死んでもらう」
 言って、走り出す。
 が、チェインの方が行動が早かった。
 どこに隠していたのか、閃光弾を炸裂させる。目を焼くような光が、視界を白く染め上げた。チェインの姿が紫色の残像として残る。
 光の収まった後には、チェインは跡形もなく消えていた。
 振り返ると、ヴィンセントが斬り捨てた妖魔たちも消える。
「逃げたか」
 寒月は突き出した拳を下ろした。

      □


 そこから約六キロ離れた場所で。
 ジャックは寒月たちの様子を伺っていた。
「ヴィンセントにカラか……」
 現れた二人の妖魔を見て、呻く。
 この二人が、寒月の切り札らしい。
「あいつらしいな」
 執行者は、妖魔と和睦することはない。だが、寒月はその例から外れている。執行者だというのに、妖魔たちに信用が厚い。妖魔の友人も数十人もいる。下級妖魔から上級妖魔まで幅も広い。
 ヴィンセントとカラは、上級妖魔の中でも名の知れた実力者である。
「寒月に、この二人を含めた三人と戦って、私は勝てるか?」
 自問するが、答えは考える間でもなかった。
 勝てないだろう……。
 寒月だけでも苦労するのに、上級妖魔が二人も加わっては自分に勝ち目はない。各個撃破を狙っても、この三人がばらばらになる可能性は低い。
 それに、もうひとつ気になることがあった。
「くれ……とは何なんだ?」
 左手をかざして、寒月が呟きかけた言葉。
 寒月の使うジャッジは、武器と連動するものらしい。それは歩きながらの明日香との会話の中で本人の口から語られた。嘘ではないだろう。
「しかし、武器と連動するというのは、どんなものだ?」
 見た限りでは、銃の威力を上げるジャッジしか使っていない。だが、あの銃が本命の武器ではないだろう。あの銃はあくまでも、敵を制して無力化するだけの武器。
 相手を殺すことを目的とした武器は、他にあるはずだ。
「くれ……。とは、その武器の名前か」
 だが、その武器を使ってどのようなジャッジを使うのかは想像できない。単に威力を増すだけではないだろう。それは実物を見るしかない。
「さて」
 チェインの方を考える。
 今回は、明日香を手に入れるために、なりふり構わず出てきたが、ヴィンセントとカラの出現によって失敗に終わった。
 情報によると、チェインの部下に中級妖魔は五人しかいない。その五人は今回の作戦で倒されてしまった。残っているのは下級妖魔だけだが、下級妖魔を使ったところで明日香を手に入れることはできない。
「次は、どういう手を使ってくるか」
 チェインが動けるのは、あと一度。
 方法は――
「ひとつしかないだろうな」
 禁断の技。チェインはそれに手を出すだろう。
 それが自分にとっての最大の好機となる。
 その時になれば。
「明日香を捕らえられる」
 ジャックは笑った。

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