Index Top 第1話 終わり、そして始まる |
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第6章 これから住む家は |
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「ここが、妾たちの家じゃ」 ジュキが扇子を室内に向ける。 敷地の一角に二人の家は造られていた。絵本などに出てくる小さな家をそのまま形にしたような見た目だった。赤い屋根と、白い壁。 しかし。 「ま、多少散らかってはいるが、問題は無いだろう」 「ぅ――」 リクトは喉を引きつらせた。 もはや言葉は無い。 玄関から入ったリビング。その辺りに無造作に置かれたゴミ袋や、なんだか分からないがらくた。脱ぎ捨てた服が、無秩序に散らかっていた。食べ終わったカップ麺やコンビニの弁当箱なども落ちている。どちらも、中身はきれいに食べられているが。壁や窓も汚れていて、床には何かの液体の染みが張り付いていた。 何かが腐っているのか薄い異臭がする。黴の匂いかもしれない。 視界の端を走る虫。 汚れていた。平たく言って、ゴミ屋敷だった。 「多少だと……?」 リクトは静かに呟き、ジュキを睨み付ける。 青い瞳に映る殺気に、ジュキが半歩退いた。びりびりと痺れるような感覚が手足を駆け抜ける。長い藍色の髪が逆立っていた。 「リクト……さん?」 ミナヅキが驚きながらも、身体の主導権を自信に戻そうとし―― 「おおおおおぁああっ!」 リクトは吼えた。 炎のように燃え上がる感情と、なんだかよく分からない怒りと、一方で恐ろしく冷め切った氷のような意志が――頭から身体、手足、尻尾まで一気に広がっていく。 「あれ、身体が……?」 ミナヅキが何か呟くが無視。 腕を勢いよく横に振り抜き、リクトは吼えた。 「ミナヅキ、ジュキ――これを全部片付けるぞ! 今すぐ、全力で、残らず!」 青い瞳に決意の炎を燃やし、断言する。身体の奥底から湧き上がる力に、全身の筋肉が軋むような音を立てていた。紺色の髪の毛が不気味に蠢いている。 ゴミ袋や、ゴミ、汚れに人差し指を向けながら、リクトは続ける。 「徹底的にきれいにする! 不要なものは迷わず捨てる! 汚れは全部落とす! 散らかったものは残らず片付ける! 大掃除だ!」 「いや、めんどうくさ――」 ガシッ。 リクトの右手がジュキの顔を掴んだ。 自分の方を向かせる。 赤い瞳に映る明らかな恐怖。小柄な身体が震えているのが分かる。目元に薄く涙を浮かべながら、ジュキはリクトを凝視していた。 だが、関係ない。 「ヘンジ、ハ?」 「はい……」 リクトの問いに、ジュキはただ一言答えた。 「これで、よし――」 およそ六時間。 大掃除は終了した。 散らかっていたゴミは全てゴミ捨て場に片付け、汚れた床や壁や窓はきれいに掃除し室内は新品のような光沢を取り戻した。加えて、ジュキの風の術を使って徹底的な換気を行い、適当に置かれていた家具を本来の位置に移動させ、壊れていたものはジュキに修復の術で直させる。最後に、倉庫にしまってあった装飾品などを飾り付けて終了だった。 「つ、疲れたのじゃ……。人を何だと思っておる」 ぐったりとソファに突っ伏しているジュキ。狐耳を伏せ、尻尾を垂らしている。主にリクトの指示でゴミをまとめたり片付けたり、術による掃除や修理を行っていた。他人に言われてあれこれするのは、自分で行うよりも疲れるのだろう。 「まぁ、よくもこれだけ散らかせたものだな。俺はそっちの方が驚きだ」 椅子に座り、リクトは吐息する。きれいな白い椅子だった。 右腕を持ち上げ、手を握って開く。肉体的な疲労はない。普通の人間なら倒れるほどの重労働を休まず六時間も続けて、全くといっていいほど消耗していなかった。 ジュキが顔を上げ、眉を内側に傾ける。 「妾たちは、人間と違ってかなり融通の利く構造じゃからの」 「ただの面倒くさがりだろ」 「む」 リクトに言われ、ジュキが眼を逸らす。 片付けられない性格、というものだろうか。二人揃って物臭な性分らしい。どれくらいの時間ミナヅキの身体に居候して暮らすかはわからないが、その辺りはリクトが何とかしなければならないだろう。 気になって呟く。自分に向かって。 「ミナヅキは途中ほとんど喋らなかったけど」 掃除中、ミナヅキは全くリクトの行動に干渉しなかった。がらくたの必要の有無や家具の場所などの問いには答えたが、それ以外は何もしていない。 「リクトさんの邪魔をするのは、悪いと思いましたので大人しくしていました。それに、わたしが何もしていないのに、部屋がきれいになっていくって楽しいですよ」 と、小さく笑う。 「動きたくないだけか……」 表情を崩し、リクトは顔を抑える。 初めて会った時、自分の変わりに動いて貰えると楽と言っていた。ミナヅキ自信、必要無いならじっとしていたい性分のようだ。どのような論理かリクトがミナヅキの身体を動かしても、ミナヅキが自分の身体を動かすことにはならないようだった。 その辺りの感覚は人間とは違うのだろう。 ふっ、と。 リクトは思いついた事を口にした。 「一応訊いておきたいんだけど、二人は普段どんなもの食べてるんだ?」 掃除中に開けた冷蔵庫には、普通に肉や野菜が入っていた。しかし、二人が用意したような雰囲気ではなかった。誰かが持ってきたものをそのまま冷蔵庫にしまったという感じである。人間と同じものを食べるらしい。 しかし、片付けたゴミを見る限り、まともな食事を取っていない。 「ん? 食事か。目に付いたものを適当に食っておる」 身体を起こしてソファに背を預け、ジュキが答えた。 「料理は?」 眼を細め、訊く。 ジュキは緩く腕を組み、首を捻った。 「したことはないのぅ。妾たちは人間とは構造が違う妖魔じゃ。よく言えば柔軟に、穿った言い方をすればかなり適当に作られておる」 「やっぱり」 リクトはため息を付く。尻尾がぺたりと床に付いた。まともに料理などせず、肉も野菜もそのまま食べているような気がしたのだが、予想通りである。 言い訳するように、ジュキが続けた。 「妾たちは生物としてはかなり強靱じゃからの。食べやすく調理する必要も無い。有機物なら生でも腐ってようと普通に消化吸収できるし、多少時間はかかるがプラスチックや土でも消化吸収できる。金属類はさすがに多分、無理じゃが――。あと、一ヶ月くらいなら飲まず食わずでも平気じゃぞ?」 「頑丈だな、それは」 素直におののく。ジュキの言う通りの消化吸収能力を持つなら、調理などは無駄と考えるのも無理はない。その気になれば石でも土でも食べられてしまうのだから。 「世の中にはもっとバケモノもいるからのー。これくらいで驚くことはない」 遠い目で窓の外を眺め、ジュキが小さく笑う。 そちらの追求は後回しにし、リクトは冷蔵庫を思い出す。 「じゃ、冷蔵庫に入っててた食べ物は」 普通の肉と野菜と果物。極端な話、ミナヅキやジュキなら錠剤や栄養剤だけでも特に問題なく生命を維持できる。人間のような食事をする必要はない。 「それはおそらくお主が食べるためのものじゃな。お主元人間じゃろう? 妾たちのような食事に耐えられるとは思えん」 「なるほど。なら料理は俺はやるか。ちょうど夕飯の時間だし」 リクトは椅子から立ち上がった。 ブラジャーに包まれた乳房が微かに揺れる。しかし、そのような感覚にはもう慣れてしまった。大掃除で無茶苦茶に身体を動かしたおかげだろう。 時計を見ると午後五時。夕食を作り始めるのには丁度いい時間だ。 「リクトさん、料理できるんですか?」 「ああ。結構得意だぞ?」 ミナヅキの問いに、リクトは笑って答えた。 |
14/7/27 |