Index Top 第1話 終わり、そして始まる |
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第5章 ミナヅキの妹 |
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部屋に入ってくる、少女。 「ジュキ……」 呟きながら、リクトは入ってきた少女をじっと見つめた。 一目で人間ではないと分かる容姿。妖魔だった。 「お主が姉様の身体に居候している男か?」 赤い瞳をリクトへと向ける。ミナヅキの身体、その奥にいるリクト本人へと。まるで透視能力を受けているような奇妙な感覚だった。 「妾はジュキ。姉様の妹じゃ、よろしくの?」 自分の胸に手を当て、ジュキはからかうように笑った。 年は十代前半くらい。身長は百四十センチほどだろう。腰まで伸びた長い銀髪、褐色の肌。不敵に頬笑む口元と、紅玉のように赤い瞳。人間にはあり得ない形だった。 服装は、ゆったりとした白衣と紺色のスカートのようなもの。知識の片隅からそれが、白衣と袴であると、リクトは判断した。滅多に見ない服装であるが。厚手の靴下のような――足袋に覆われた両足。木の下駄。腰に巻いたベルトに黒い棒を差していた。 そして、頭には三角形の狐耳が生え、腰の後ろからは同じく狐の尻尾が伸びている。 「狐娘……」 思わず呟く。 褐色肌の銀狐。人間ではない。 リクトは一度自分の姿を見下ろす。正確にはミナヅキの姿を。 「妹って全然似てないぞ?」 「わたしたちは人工生物ですから、生物的な血のつながりというものはありませんし、容姿が似るといこともありません。しかし、ジュキはわたしの妹です」 ミナヅキが説明する。 人工生物。つまりは人の手によって一から作られるということ。人間のように両親の遺伝情報を持っているわけでもない。それでも人間には無い、何らかのつながりはあるようだった。 「よろしくな」 リクトは軽く手を挙げ、応える。 ジュキは尻尾を持ち上げ、目蓋をおろした。両手を腰に当て、睨め上げるようにリクトを凝視した。胡散臭いものを見るような目付きで。 「しかし、何だ……。こんな普通の男に何があるというのじゃ? 姉様の身体に居候させてまで生かす理由があるというのか? どう見てもそこらにいる若造その1じゃぞ?」 「酷い言いわれ方だな」 半歩退きつつ頭を掻く。尻尾がへなりと垂れた。 手に絡みつく長い髪の毛。細い指、丸い体付き。肩に掛かる微かな乳房の重さ。一瞬忘れかけていたが、この身体は自分のものではない。 ふと気になってリクトは訊き返した。 「というか、俺今ミナヅキの姿なのに、分かるのか? そこらの若造その1って」 まるでリクトの姿を知っているような口ぶりである。写真などで姿は知っているかもしれない。だが、ジュキは今この場でリクトの姿を見ているようだった。 腰に差していた棒を引き抜き、ジュキはそれを左右に動かす。 「姿形は姉様でも、心の形は簡単に漏れるものじゃ。お主が考えている以上にのう。あとは、妾たちの構造上の理由よ。説明すると長くなるから、気が向いたら説明してやる」 先端を向けてくる。 長さ六十センチくらいの四角い棒。 ジュキは右手の指を動かした。親指と人差し指で、棒を左右に動かす。 ばさりと音を立てて、棒が左右に開いた。数十本の黒い棒を束ねて、扇形の布を張った道具である。扇子と呼ばれるうちわの一種だ。畳んであった状態では棒に見えたが、広げてみるともはや棒ではない。 ついでにいうと、風を作るには大きすぎる。 扇子で口元を隠し、ジュキは胡乱げに見上げてきや。 「お主に一体何があるというのじゃ? 存在しないはずの人間というのは、滅多にあるものではないが……あの主様がここまでして生かすとは思えんでのう。事故で死んだから償いとして生かしたなどという、月並みで人道的な理由とは思えん。特にあの主様に限って」 「酷い言われようだな……」 オルワージュの評価におののく。 ミナヅキが口を挟んできた。 「マスターはそういう方向では冷淡です。リクトさんが普通の一般人だったら、あっさり科学の進歩ための犠牲として切り捨てたと思います。立ち入り禁止にしていたのに、入ってきたのが悪いと言って」 「怖い人だな……」 思った言葉を返す。 重要性の高い機密実験を盗み見たら、速やかに抹殺すると言い切っていた。脅しや警告ではなく本気である。言動が胡散臭いのでどこまで本気かは不明だが、オルワージュは必要ならば殺人も躊躇しない性格であるらしい。 扇子を畳み、腰に差し、ジュキは白い眉を寄せた。 「変人で変態じゃが、自分の仕事に対しては合理主義の塊のような男よ。一応は……」 変人で変態と前置きをして、一応と後付けする。自分の台詞を自分で信じていないようだった。つかみ所のない人間なのだろう。半分以上人間を辞めているようだが。 「マスターのお話はこれくらいにして、家に行きましょうか」 ミナヅキが左手を伸ばした。その手をごく自然にジュキが掴む。小さく細い手だった。いつも二人は手をつないで移動しているのだろう。 「家?」 「妾たちの家よ。小さいが、住むには不自由しない」 リクトの問いに、ジュキは片目を瞑った。 石畳が敷かれた道。 左右には多彩な植物が生えている。普通に見かける木から、長大な葉を伸ばした草のような植物。枯れ枝のようにしか見えない木。 植物園というのは、このような様子なのだろう。 「広いんだな。ここ」 リクトは周囲を眺める。 建物から出て、ミナヅキの歩くままにリクトは連れられていく。建物から離れ、人工林の中へと。ミナヅキたちの家はその奥にあるようだった。 「はい」 ミナヅキが応える。ちょっと得意げに。 「敷地面積ではクレセント市でも五番目ですから。大きさの順番は農林水産基地、都市防衛軍北部基地、水源管理局基地、カイバ重工、そして生命科学研究所になります」 どれも一度は耳にしたことのある施設だ。クレセント市の基盤を支える重要な組織。 ジュキが皮肉げに笑いながら付け足した。 「西にはインダストリアルクラフト社なんてのもあるがの。あれは敷地面積がはっきりしないから除外じゃな」 鉱石採掘と精製を一手に行っている企業。採掘範囲はクレセント市の総面積よりも広いらしい。ただし、その全てを掘っているわけでもない。 話題を変えるように、リクトは周囲を見る。 「ここ、人はいないのか?」 さきほどの建物から、今まで一度も人間と会っていない。職員に一人は会うとも思っていたのだが、研究室から、老化、玄関、庭。そして、この人工林。 一度も人間と顔を合わせていない。 「こっちは一般人立ち入り禁止区域ですので」 「この先は妾たちのような妖魔が住んでいる場所じゃ。一般には秘匿されている。普通の社員は入って来ない。いるのは妖魔たちだけじゃ。妖魔も二十人はいないのじゃが」 と、ジュキ。 ミナヅキの水色の手が、ジュキの褐色の小さな手を握っている。 「妖魔って何を目的に作ったんだ?」 何となく口にした疑問に。 「…………」 「………」 ミナヅキとジュキは無言を返してきた。 そして数秒の沈黙。 困ったように眉を寄せるミナヅキを感じながら、リクトは慌てて口を開いた。 「何か悪いこと聞いちゃった?」 「そうではない……」 開いた左手で頭を掻きつつ、ジュキが首を傾げる。 「実を言うと、作られた妾たちも、主様が妖魔を作っている理由が分からぬのじゃ。生命の進化の研究とは言っておるが――」 眉間に大きくしわを寄せ、空を見上げる。 澄んだ青空に、綿のような積雲が浮かんでいた。風に吹かれ、ゆっくりと空を流れている。雲の底は低く手を伸ばせば届きそうな錯覚を覚えることがあるが、雲の高さは一千メートルをゆうに越える。雲に触れるには、空を飛ぶ必要があるだろう。 ジュキが呟く。 「時折ハーレムでも作る気かと思う事はあるのう」 「………」 リクトは無表情にジュキを見つめた。 否定も肯定もできない。オルワージュの性格を考えると、やりそうな気もするし、やる理由もない気がする。つまり、本当の目的は不明ということだ。 「ところで――」 赤い瞳に灯る意志。 ジュキは僅かに広げた扇子で顔の下半分を隠し、リクトに赤い瞳を向けてくる。威嚇するように眉毛を傾け、 「お主は姉様の身体になっているが、くれぐれもいかがわしい事はするなよ?」 「あ、ああ……」 曖昧に。 リクトは肯定した。 |
14/7/15 |