Index Top 第1話 終わり、そして始まる |
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第4章 初めてのお着替え |
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きれいに折りたたまれた衣装。 「ぅ」 中身を見て、リクトはうめき声を漏らす。分かってはいたが、服一式が収められている。当然、下着もそこに入っていた。 ミナヅキが箱に手を入れ、ショーツを手に取る。 「女性ものの下着を見るのは初めてですか?」 「いや、当たり前だろ。まぁ、妹のを見たことはあるけど……」 ごく普通の口調で訊かれ、リクトは喉を震わせた。男として生きていれば、普通は女性者の下着を見ることはない。下着売り場の近くを通ったりや、妹の下着が干してあるのなどは見たことはあるが、じっくり見る機会はない。 「穿くのか、これ。本当に」 ミナヅキが持ち上げたショーツを凝視し、息を呑む。 三角形の白いショーツ。フリルやレースなどの装飾などはない、簡素な構造だ。股下部分生地は二重になってる。後ろ側の中央に、小さな切れ目とホックがあった。尻尾を通すものだろう。引っ張って見ると、意外と伸びるようだ。生地は滑らかで、それなりに高いものだと分かる。 「下着なしで過ごせというのは、酷だと思いますよ」 微苦笑しながら、ミナヅキは手を動かした。 ショーツを広げ右足を差し込み、続けて左足を差し込む。そのままショーツを腰まで引き上げた。股間から腰回りをぴっちりと覆われる感覚。ミナヅキは腰の後ろに手を回し、尻尾をショーツの切れ目に通し、上をホックで留めた。 「なんか――ぴっちり具合が……」 太股をすりあわせながら、リクトは呻く。 男物のトランクスとは違い、肌に張り付く感触。加えて男である自分自身が女の下着を着けている事実に、酷い違和感を覚ええる。 「大丈夫です。そのうち慣れますよ」 気楽に言いながら、ミナヅキは衣装箱に手を入れた。 「ブラジャーか、これ?」 「そうですね。スポーツブラです。胸部サポーターと言った方が正しいでしょうか? 時々激しい動きをすることがありますから、こういう下着の方がいいんです」 胸全体を覆うようなブラジャーだった。胸元の開いていないタンクトップのような見た目である。色は白。胸部サポーターという表現は適当だろう。 ミナヅキはブラジャーに両腕を通し、そのまま服を着るように胸元まで移動させる。長い髪の毛を一度腕で抜き払ってから、ブラジャーの裾を胸の下まで引っ張った。さらに、ゴムの入った裾を手で動かし水平に整える。 リクトは何もせずに、ミナヅキの動きを眺めていた。 (女の子って大変なんだな……) そんな事を考えながら。 続けて、身体を前に傾けながら、腋からブラジャーの中に手を差し入れ、乳房をカップに収める。同じ作業を右胸にも行った。 背筋を伸ばし、ミナヅキが軽く跳ねる。 先ほどまであった大きな胸が揺れる感覚が、今はほとんどなかった。両乳房をしっかり固定されているためだろう。想像していた以上の効果である。 「いい感じですね」 ミナヅキは頷いてから、次の衣装を取り出した。 膝上丈の黒い半ズボンのようなもの。伸縮性のある生地で、厚みはさほどない。 「これ、スパッツか?」 「はい。無いと太股がすーすーして」 ミナヅキはスパッツに両足を通してから、そのまま腰まで持ち上げる。ショーツ同様に作られた尻尾穴に尻尾を通し、上を小さなホックで留める。 ショーツ以上の密着感。しかし、ショーツだけよりは空気に触れる面積が減り、なんとなく安心できる。 「次は――」 取り出したのはスカートだった。 色は紺色で、丈は足首くらいまであるだろう。裾は淡い金色の帯で縁取りがしてある。そして、左側には腰元まである大きなスリットがあった。 両足を通し、スカートを腰まで引き上げる。続けて衣装箱から取り出したベルトを腰に巻き、スカートを固定した。 (足がすかすかする――) ズボンしか穿いた事のない身としては、スカートは未知の感覚だった。身につけている布がある分、何も穿いていない時よりも足に触れる空気を意識してしまう。 「最初は違和感大きいと思いますけど、すぐに慣れると思いますよ。身体はわたしなんですから、女装しているわけではないですし」 分かるような分からないような助言をしてくる。 実際、あっさりと慣れてしまうのだろう。リクトはぼんやりと考えた。自分の状況が全て変わってしまった現在、女物の服を着ていることを意識する余裕はないだろう。驚いたり困惑したりする事は、まだこれだけではないのだ。 しかし、ふと気になり、リクトは視線でスカートのスリットを示す。 「これは、何で?」 左足が、腰元から足首まで丸見えになっていた。スパッツを穿いているからいいものの、穿いていなければショーツが見えているかもしれない。 ミナヅキの答えは単純だった。 「スリットあると動きやすいんですよ? 蹴るのも楽ですし」 すっ。 と、足を横に伸ばす。 右足を軸に、左足を横に突き出す。蹴り上げるような体勢ではなく、足払いをするように。黒いスパッツに包まれた太股と、引き締まった脚が色っぽい。 確かにスリットがあると、足を広げる動作はやりやすい。 ミナヅキが足を戻す。 「蹴るって、格闘技とかやってるのか? 素人の動きじゃないぞ、今の」 思わず尋ねるリクト。 無造作に足を横に出しているが、酷く滑らかな動きだった。しかも重心は全くぶれていない。足を横に出せば、多少なりとも残った足がふらつくはずだが、それが無い。身体の制御が完全にできている。文字通り実感できた。 「はい」 ミナヅキは頷いた。 「格闘技とは少し違いますけど。こう見えても運動能力には自信あるんです。高機動力を主軸に作られましたから。でも、あんまり動くことは好きではないんですけど」 微苦笑とともに、ミナヅキは衣装箱に手を入れる。 取り出したのは上着だった。 袖のない黒い上着。前開きで、布地は厚い。襟は詰め襟で制服を思わせるような構造である。裾に薄い金色の縁取りが施されていた。ポケットはついていない。 ミナヅキは上着を広げてから、腕を通す。右腕左腕と通してから、ボタンを下から順番に留めていく。ボタンは隠れる構造のようだ。最後に詰め襟のホックを留めた。 「コレで終わり?」 「いえ、まだ靴があります」 箱から靴下と靴を取り出す。 膝下くらいの黒いハイソックスと、茶色いブーツだ。 ミナヅキは近くの箱に腰を下ろし、靴下に足を通す。布が足を包み込む感触。靴下自体はいつも穿いているはずなのに、妙な新鮮さがある。 続けて、ブーツに足を通した。 「これって軍靴? 普通の靴とは違うようだけど」 臑の中程まであるブーツ。 リクトが普段履いているスニーカーやサンダルとは違う。がっしりとした作りで、見た目以上に重量感があった。しかし、見た目とは対照的にかなり軽い。 軍人が履く軍靴に似ている気がする。 「似たようなものです。軍用靴ほど専門的な作りではないですけど、、動きやすく頑丈に作ってあるってマスターは言っていました。いざという時のために、と。でも、わたしはあんまり意味は無いと思います」 答えながら、ミナヅキは箱から立ち上がる。 今まで感じていた足の裏の冷たさはない。適度に硬く、柔軟性のある靴の感触。ミナヅキに合わせて作ったのだろう。靴は足にぴったり合っていた。 最後に箱から取り出した赤いカチューシャを頭に付ける。 「これでおしまいですね」 ミナヅキが両腕を軽く広げた。 黒いノースリーブの上着と、横にスリットの入った青いスカート。服を着た姿を考えてみると、かなり挑発的な格好である。 「一応確認しておきたいんだけど、この服選んだのって所長なのか?」 スカートを摘みながら、リクトは訊いてみた。大人しい性格のミナヅキが選ぶような服ではない。もっともミナヅキなら選びそうな服でもある。 「はい」 あっさりと肯定した。 オルワージュの姿を思い返す。彫像のような美男子だが、金色の縁取りのなされたド派手な白衣に、極彩色の羽根飾りという奇抜すぎる出で立ち。本人はその衣装を何の負い目もなく纏っていて、全く違和感無く馴染んでいる。違和感の塊でもあるが。 「変わってるよな、あの人」 「色々と人間辞めてしまっている人ですから」 小首を傾げ、ミナヅキが呟く。 「人間辞めてる?」 「………」 一拍の間。 ミナヅキの顔から表情が消えた。微かに眉を寄せる。不用意に喋ってはいけないものらしい。オーキはそう見当を付けた。 しかし、絶対に秘密というわけでもないようだった。 表情を戻し、ミナヅキは口を開く。 「そうですね。マスターはわたしたちよりも人外ですよ」 妖魔と呼ばれる人工生物が、そう言い切った。 「ああ見えても、もう七十歳過ぎていますし、食事をしているところ見たことありませんし、たまに水やお茶を飲むくらいです。普段は霧や霞を食べて生きてるようです。ああいうのを仙人と言うのでしょうか?」 「世の中って広いんだな……」 そう呻くしかなかった。 どこまで本当なのか計れない。根拠は無いが全部事実な気がする。いや、ミナヅキはそれ以上を知っているのだろう。 トントン。 ドアがノックされる。 「ジュキ?」 ミナヅキが声を上げた。ノックの主はジュキという名前のようである。 「姉様、終わったのか?」 やや幼い声とともに、ドアが開けられた。 |
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