Index Top ネジまくラセン!

第32話 手入れはしっかりと


 お湯の入った桶を持ち、部屋に入る。
 いつも通りの自室だ。天井に取り付けられた光石が、部屋を白く照らしている。宿題と予習復習を片付け後、寝る前までの自由時間だった。
 自由時間と言っても、さほど自由でないのはよくあることだろう。
「これでいいですか、ご主人様」
 ベッドの上にマキが立っていた。身体に白いバスタオルを巻き付けている。背中のネジが布地を押し上げているため、いささか不格好であった。
 隣にはラセンも同じ格好で座っていた。
「ああ」
 頷くオーキ。
 二人の前には折りたたまれた服が置いてあった。ラセンの着ている白い上着と赤いスカート、そして黒いレオタード。マキの着ているメイド服と、白いレオタード。
 ヘッドブリムはマキの頭にくっついている。
 オーキは桶を床に起き、畳まれたレオタードを摘み上げた。
「ふむ」
 ハイネックで背中が大きく開いたレオタードである。オーキが掴んだものは白い。マキが着ているものだ。布のような生地でありながら、どこにも縫い目が無く、手触りもラバーやラテックスに似ている。普通の布ではない。
「そんなにじろじろ眺めるものなのか、それは?」
 呆れたように目蓋をおろし、ラセンが指摘してくる。
 ふと息をつき、オーキはレオタードを置いた。
「クリムさんの話によると、特殊な溶液を魔術で服の形に固めたものらしい。お前達の皮膚と同じもので、ルクさんとも同じ構造とか何とか。細かい部分は違うみたいだけど、文字通り生きた素材らしい」
「ほほう」
 腕組みをして、ラセンが頷いている。
 水をベースに半液体からほぼ固体状まで変化する素材。クリムによると、元々は魔術による治療薬であり、フリアルが属する研究組織が開発していたものらしい。このレオタードなどはフリアルは仕事で余った素材を、趣味で改造した副産物だった。
 ラセンやマキの表皮とこのレオタードは同じ素材である。
「ルクさんですか。早く会ってみたいですね。お姉様から聞いてますけど、まだ見たこともないですし、興味深いです。スライムの女の人ですよねー」
 目を閉じ、マキが楽しそうに尻尾を揺らす。ラセンから話を聞き、マキはルクに興味を持っている。フリアルが作った自分の姉妹だ。興味が湧くのは当然だった。
 オーキはレオタードを置き、ラセンとマキを順番に見る。
「ある程度の汚れは分解できるけど、あくまである程度だし。逆に少しずつ老廃物も出るから適当に拭いてやった方がいいとも言われたよ」
 ラセンたちの皮膚は、生物とは構造は違うものの生きている。自分に付いた汚れは分解してしまうし、人間のように皮脂の分泌はしない。手入れはほとんど必要ないが、それでも放っておけば徐々に汚れてしまう。
 オーキはお湯に浸したタオルを絞り、左右に開いた。
 二度畳んで手に乗せる。
「どっちからやる?」
 二人を見た。
 半月に一度くらいで、全身を拭いてやる必要がある。今日がその日だった。自分で拭かせてもいいが、全身をきれいに拭くにはオーキが直接やる必要がある。
 ラセンとマキはお互いに視線を交え、、
「お姉様からお先にどうぞ。ワタシは後で結構です」
「そういうことだ」
 ラセンが一歩前に出た。
 狐耳をぴんと立て、眉を内側に傾ける。
「ならば、アタシの身体、しっかりきれいにしろよ?」
 ぺしっ。
 オーキの放った人差し指が、ラセンの額を直撃する。
「あうぅ――」
 両手で打たれた額を押さえ、背中を丸めた。タオルの端から出た尻尾が震えている。軽いデコピンなので痛いだけだが、逆を言えば普通に痛いのだ。
 マキは驚いたように眉毛を持ち上げているものの、心配している様子はない。
「調子に乗るな」
 釘を刺す。
 小さく鼻を鳴らし、ラセンは背筋を伸ばした。
「これでいいか?」
 すっと微かな布擦れの音を立て、タオルがベッドに落ちた。
「こうして裸を晒すのは、さすがに少々気恥ずかしいな……」
 横を向き、ラセンが苦笑する。
 手が身体を隠すように動きかけるが、途中で止まる。恥ずかしがって隠したら負けなのだろう。ラセンの中では。頬は赤く染まり、きつね色の尻尾が不安そうに揺れている。
「さすがお姉様、すっきりした美しい身体です」
 嬉しそうに尻尾を立て、マキがぱんと手を叩く。
 身長六十センチほど。大きさ以外は人間と変わらない。年齢にするならば十代半ばくらいだろうか。滑らかな白い肌と丸みを帯びた体躯、手足は細くしかし女性特有の丸みを帯びていた。控えめなながらもはっきりと形の分かる胸の膨らみと、その先端で自己主張をする淡い色の突起。お腹から足、そしてつま先まで画かれた滑らかな曲線。足の付け根には、産毛も生えていない。
「きれいな身体だな」
 ラセンの身体を眺め、単純に感心するオーキ。均整が取れていて、そして不自然でない程度に生物特有の歪みまで再現されている。きわめて洗練された造型。フリアルの実力なのだろう。魔術士というよりも芸術的な技術と才能だ。
 尻尾を一振りし、ラセンが腕組みをする。
「おい、小僧。アタシがきれいだからっていつまで眺めているんだ、お前は。アタシの身体をきれいにしてくれるんだろ? いい加減早くしろ」
「ああ、分かった」
 オーキは右手にタオルを持ち、左手をラセンに伸ばした。

Back Top Next

14/4/14