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第31話 なでなでなで


 ちくちくと、布地に針を刺し糸を通していく。
 木製の刺繍枠に張った布地に色の付いた刺繍糸で文字や絵を縫い込む手芸。ハンカチに音符と星のマークを糸で書き込んでいく。黄色い星と水色の音符。
 クリムに頼まれたもので、友達にあげるものらしい。
 作業代金は貰っているので、手は抜けない。
 音符の刺繍を終わらせ、糸を針山に戻す。
「今日はここで終わり、と」
 オーキは息を吐き出した。あまり念入りにやりすぎると時間を忘れてしまう。
 リビングのソファに座ったオーキ。窓の外は夕方の色に染まっている。今日は大学が早く終わりアルバイトもない。勉強する時以外はリビングに居ることが多かった。家の住人は仕事のため家に居ないことが多いので、防犯上の理由もある。
「ん?」
 横を見るとマキが座っていた。膝を突き、両手をオーキの太股に乗せている。黄色い瞳を輝かせ、尻尾がぴんと立っていた。
「ご主人様ー。失礼します」
 言うなり、マキはオーキの膝に乗っかった。
 そのまま身体を丸める。猫のように。
「何してるんだ?」
 針山や糸を裁縫箱に片付けながら訊く。
 ソファの端っこに座ったラセンが、本から眼を離し、赤い瞳を向けてきた。だが、何も言わぬまま本に目を戻す。
 尻尾を揺らしながら、楽しげにマキが笑っていた。
「ワタシ、ご主人様の膝の上で丸くなってみたいと思ってたんですー。せっかくですからこの機会に、やってみようと思いました。あ、邪魔ならどきますけど?」
「膝に乗るくらいなら、別にいつでもいいぞ」
 オーキはマキの頭に手を乗せた。
「ありがとうございますー」
「猫みたいだな。猫だけど」
 手を動かしマキの頭を撫でる。黒い髪の毛は人間のものよりも細く、やや堅い。手の平に触れる猫耳の感触。ホワイトブリムの生地が手に触れる。
「にゃぁ」
 嬉しそうに目を細め、尻尾を動かしているマキ。
 撫でる手を頭から首もと、背中へと移していく。背中の中央から伸びたネジが邪魔で全体を撫でることはできないが、それでも肩や脇腹や腰の辺りを優しく手で撫でる。
「ぅぅー」
 気持ちよさそうに目を閉じ、尻尾をオーキの手に絡ませてきた。
 指先でくすぐるように脇腹を掻きつつ、左手の指で顎を軽くくすぐる。
「なぁ……ぉ……」
 微かな鳴き声。
 もぞもぞと身じろぎしながら、マキは猫耳を伏せた。顎をくすぐるオーキの手に、頬ずりをしている。本当に猫を撫でているような感じだった。
 マキの頭を撫でながら、オーキはラセンを見る。
「お前もやってみるか?」
「やらん!」
 本から顔を放し、即答した。顔を赤く染め、狐耳をぴんと立てながら。
 マキがラセンに話しかける。眠そうなとろんとした口調で。
「これ凄く気持ちいいですよー。ご主人様撫でるの上手いですし。耳の後ろとか首筋とか背中とか撫でられると、ふにゃって力抜けちゃいますし」
 幸せそうに表情を緩めながら、名残惜しげにオーキの膝から下りる。
「ワタシだけじゃずるいので、お姉様もどうぞー」
「どうぞって……」
 狐耳を伏せ、あきれ顔を見せるラセンに。
 オーキは素早く近づいていた。
「ちょ、待て――!」
「ま。遠慮するな」
 にっこりとオーキは笑う。
 流れるように速やかな動きで両手を伸ばし、ラセンを捕まえた。逃げる暇もない。人間の三分の一ほどの身体を抱え上げ、そのまま膝の上に乗せる。じたばたと手足を振り回してはいるが、およそ本気の抵抗とは思えなかった。
「遠慮ではないっ……!」
 言い返してくるラセンの頭にオーキは手を乗せた。堅めの髪質。人間のような見た目であるが、やはり人間とは違うのだと再確認する。
 マキのような癖の付いた髪ではなく、ストレートの狐色の髪の毛。
「っ……ぁ……」
 優しく頭を撫でていると、ラセンがゆっくりと崩れていく。顔を赤くし、歯を食いしばって耐えているが、身体はあえなく落ちていった。心地よいのは見て分かるが、素直に身を委ねる事は嫌なのだろう。
 膝の上に突っ伏したラセン。
 オーキはラセンに両手を乗せ、丁寧に動かす。首筋をくすぐり、顎から首元を指先で掻き、肩を撫で、背中をさすり、脇腹をくすぐり、腰の辺りを軽く叩く。
「くぅぅ……」
 動くこともできずラセンが身体を震わせていた。
 顔が真っ赤に染まり、ぱたぱたと尻尾が跳ねている。身体にはまともに力が入らない。それでも気持ちよさに必死に抵抗しているようだった。
 そんなラセンをじっと見つめ、マキがうっとりと首を傾げている。
「お姉様――可愛いです」
「お前はぁ……!」
 殺気だった顔でマキを睨み付けるラセンだが、説得力はない。
 オーキは人差し指で狐耳の付け根を掻く。
「きゅぅ」
 身体を震わせ、ラセンが鳴いた。

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14/3/10