Index Top ネジまくラセン!

第33話 マキのお膳立て


 塗れたタオルでラセンの身体を拭いていく。
「良くできてるよな」
 細い腕を拭いてから、小さな手を広げる。人間の三分の一くらいの大きさだ。赤ん坊のような手である。だが、骨格もしっかりしていて、大きさ以外は人間のそれだった。
 黄色い眉を寄せ、ラセンが自分の手を拭くタオルを眺めている。
 腕を拭き終わってから、首元から胸元にタオルを移動させた。首周りを拭き、肩から胸元、腋や背中を順番に拭いていく。
「どうだ?」
「ああ、気持ちいいぞ」
 目を逸らしつつ、ラセンが応えた。もぞもぞとくすぐったそうに身体を動かしながら。頬が赤く染まっている。肌が微かに熱を帯びているようだった。
「ご主人様」
「何だ?」
 マキの声に視線を動かした。
 黒い猫耳をぴんと立て、黄色い瞳をまっすぐ向けてくる。
「つかぬ事をお聞きしますが、最後にお姉様を抱いたのはいつでしょうか?」
「いきなり……」
 オーキはジト目で見つめ返した。ラセンも呆れたような顔をしている。
 しかし、マキは冗談で言っているようではなかった。真面目な表情で猫耳をぴんと立てている。本気らしい。もっとも、本気のまま冗談のような事を言うのも、マキだった。
「一週間くらい前かな?」
 一応応えておく。
 タオルで身体を隠したまま、マキは腕組みをした。神妙な面持ちで頷いてから、
「一週間ですか。ふーむ……では、せっかくお姉様も裸なのですし、ぐわーっと襲っちゃって下さい! さながら飢えたケダモノのように!」
 くわと黄色い目を見開き、右手を握りしめる。
 頭を押さえ、オーキは半眼でマキを睨んだ。
「いきなり何言い出すんだよ……」
「あれです。ワタシもお姉様の妹ですし。お姉様の事は何となく分かるのです。それに、せっかくの機会なので無駄にしてはいけません」
 鼻息とともに続けるマキ。何を言っても無駄なようだった。
「というわけで、ご主人様。好きなようにお姉様をいぢめてあげてくださいね!」
「おい!」
 ラセンが声を上げるが、マキは無視した。
 代わりに言ってくる。にっこりと笑い、頬を赤く染めながら、
「それと、次はワタシの番ですから、忘れないで下さいね?」
 と、取り出したのはクリムの作った魔術符だった。紙幣ほどの大きさで文字が書かれている。破ると防音結界が発動する仕組み。どこに隠していたのかは分からない。もっとも小さな紙の一枚。隠そうと思えばどこにでも隠せるだろう。
 ビリっ。
 マキが術符を破る。
 魔力が部屋に広がった。
「………」
 オーキとラセンが呆然としている間にマキは次に移っている。
「それでは、ワタシはここで――とっ、やっ」
 両手を背中に伸ばし、ネジを掴んだ。背中から生えた金色のネジ。巻いた人間のエネルギーの一部を活動エネルギーに変換する装置である。そして、逆に回す事で強制的に機能停止にもできる仕組みだ。
「えい」
 カチッ。
 小さな金属音が響き。
 ぱたりとマキが仰向けに倒れた。糸が切れたように。
「…………」
「自分でネジ止めるってのもできるんだな……。初めて知った……」
 動かなくなったマキを眺め、オーキは素直に感心する。自分でネジを逆に回し、自分から機能停止状態になった。邪魔にならないようにするためだろう。
「さて、と――どうするんだ、小僧?」
 ラセンが緩く腕を組み、オーキを見上げていた。
 にやにやと挑発するような笑みを見せている。
「マキのヤツがここまでお膳立てしてくれたんだ。逃げるとは言うまいな? 別にアタシは構わぬぞ? さあ、どんな面白い事をしてくれる?」
 狐耳を立て、何かを期待するように尻尾を揺らしているラセン。こちらは既にやる気のようだった。その真意がどこにあるかは、オーキの知るところではないが。
「そうだな……」
 オーキは動かなくなったマキを抱え、寝床の箱に移す。朝になってからネジを回せば起きるだろう。止まったままの身体を拭くのは大変そうなので、それは起きてから改めてやることにする。
 てきぱきと予定をまとめてから、オーキはベッド横の小さなテーブルに手を伸ばした。引き出しからリボンを二本取り出す。装飾用の赤いリボン。
 リボンを持ち、ラセンに向き直る。
「何思いついた貴様……」
 先ほどの威勢はどこへやら、半歩退くラセン。
「よっ」
 オーキは素早く両手を伸ばしラセンを捕まえた。
「ほい、っと」
 そのままリボンの一本を頭に巻き付ける。右から左に、両目を上を通って。そのまま後ろ頭でリボンを縛った。いわゆる目隠しである。
 さらに細い両腕を捕まえ、背中に回し、もう一本のリボンを巻き付ける。ネジの下辺りで、両の前腕同士をしっかりと縛られていた。これで両腕の自由は封じられた。
「よし」
 満足げに頷くオーキ。
 目隠しされた顔をオーキに向け、ラセンが騒ぐ。
「おい、小僧! こらっ! これは一体何のつもりだ! 何も見えんし、まともに動けんぞ。何を考えているんだ! 早くこれを解――」
 オーキの手が、ラセンの小さな乳首を摘む。少々強めに。
「ひんっ!」
 引きつった声がラセンの喉から漏れた。尻尾の毛が爆ぜるように膨らむ。苦しげながらも、どこか甘さを含んだ艶っぽい声だった。熱を帯びた身体が、震えている。
 胸から手を放し、オーキはラセンの頭を撫でた。
「外れない形の結び方だから、そう簡単には外せないぞ? 手は動かせないし、足を動かしたってできることはせいぜいだ。音は聞こえるけど、何も見えない」
「お、おい、小僧……」
 怯えたような声。しかし、抵抗らしい抵抗はしてこない。
 オーキはラセンを両手で抱え上げた。喉の奥が暑い。体温と心拍が上がっているのが自分でも分かる。甘いお菓子を目の前にした時のように、舌で唇を湿らせてから、
「では、いただきます」
「って……むぅっ……!」
 ラセンの小さな口に、自分の唇を重ねた。

Back Top Next

14/4/20