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第5話 朝のネジ巻き |
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ジリリリ……。 目覚まし時計の鳴る音。 「朝だぞ、起きろー……」 聞こえてきた声に、オーキは目蓋を持ち上げた。 見慣れない天井。見知った自室の天井ではない。布団の感触も違う。 「そうだ。引っ越したんだっけな」 いくらか考えてから、大学に通うために下宿先で暮らすことになったと思い出した。親戚のナナ・フリアルの家である。半ば物置だった部屋を大掃除して、人一人住めるまで片付けたのが昨日の事。 「朝か」 窓から差し込んでくる白い日の光。 肌に触れる空気は淡い冷たさを帯びている。冬が終わり、春となっていた。もうしばらくすると雨期になり、雨や曇りの日が続く。この辺りの気候は雨期と乾季に別れている。 枕元に置いてある小さな時計を手に取る。 朝の五時半。 「ようやく、起きたか……」 上体を起こし、オーキは声の主を眺めた。 小さな女の子が枕元に立っている。 背丈は五十センチくらいだろう。オーキよりやや幼いくらいの顔立ちだ。腰の辺りまである黄色の長い髪の毛。ゆったりした作りの白い上着をまとい、足元まである赤いスカートを穿いている。頭には三角形の耳が生え、腰の辺りから尻尾が生えていた。狐の耳と尻尾である。背中に銀色のゼンマイネジが刺さっていた。 昨日見つけた魔術人形。今は亡きクリムの父が作ったものらしい。 「ラセン、だったか? 何だか元気なさそうだな、故障か?」 訊く。 昨日に比べると元気が無いように見える。狐耳も尻尾も垂れ気味で、目にも力がない。古い人形のようなので、どこかにガタが来てるのかもしれない。 「故障ではない。ゼンマイが切れそうなのだ」 ラセンは尻尾を持ち上げ、自分の背中に親指を向けた。 背中の中程に刺さった銀色のゼンマイネジ。出来心でこのネジを巻いたことで、ラセンは動き出した。クリムの話では機構の基点らしい。そう言われたことを思い出す。 「巻け」 きっぱりと言ってくるラセン。 オーキは無言でラセンの赤い瞳を見つめた。表情を変えず、じっと見る。 数秒見つめ合ってから、ラセンが目を逸らした。 「……巻いて下さい」 案外素直に言ってくる。 窓の外から鳥のさえずりが聞こえてきた。 ラセンは自分で自分のネジを巻けない。ネジを掴むことはできるが、そういう仕組みなのか巻くことはできないようにできているようだ。そのため、放っておけばゼンマイが切れて動けなくなってしまう。頼める相手はそう多くない。 「よし。じっとしてろ」 ラセンの小さな肩を掴み、オーキはその背のネジに手を触れた。 そこで手を止める。 「これ、何回巻けばいいんだ? クリムさんに聞いてなかったな。巻きすぎたら壊れそうだし、少ないとそのうち切れるだろうし」 「あいにくアタシはこの身体の事をよく知らないのだ。元々この人形はアタシの身体ではないのだからな。どうすれば手足が動かせるとかは分かるが」 肩越しに振り向き、ラセンが両腕を左右に広げる。 元々は夜狐の女王なる怪物だったが、人間に討たれれてこの姿にされてしまった。と、本人は主張している。クリムの話では昔あった小説を元に人格設定をしただけであり、ラセンはそのように思い込んでいるだけらしい。 ネジを掴んだまま、オーキは呟く。 「じゃ、とりあえず壊れそうなくらい回してみようか」 「待て!」 狐耳と尻尾を勢いよく立てるラセン。 オーキは笑いながらラセンの頭に左手を乗せる。 「冗談だ」 「冗談を言っているようには見えなかったが……」 冷や汗を流しつつ、見上げてきた。 「じゃ、三回回しとくか。切れそうだったら、また回せばいいし」 そう告げて、ネジを回す。手に掛かってくる小さな手応え。ゼンマイの巻き取られる微かな金属音が聞こえ、手に小さな振動が伝わってくる。 「んんっ……」 目を閉じ、小さな手を握り締めるラセン。唇を曲げ尻尾を伏せる。奇妙な反応だった。頬を赤くして口元をひくつかせている。くすぐったそうに見えた。 その様子を観察しながら、オーキは構わずネジを回した。 「ん……」 ネジを動かすたびに、ラセンが声を漏らしていた。 そうして三回回し終わる。 「ふぅ」 オーキが手を離すと、ラセンが両腕をだらりと落とした。狐耳と尻尾を伏せ、深呼吸をしている。汗を拭うように、右手で額を撫でる。 「ネジ巻かれるってどういう感覚なんだ?」 オーキの問いに、ラセンが顔を向けてきた。 「うん。まあそうだな……腹の中で歯車が回っているような感覚だ。上手く言葉にはできないが、あまり気持ちのいいものではない。慣れるまで時間がかかりそうだな」 そう答えて、ラセンは忌々しげに背中に刺さったネジを見つめた。 |
12/9/13 |