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第4話 夜が来る |
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「これでいいかな」 椅子に座って机に向かい、オーキは満足げに頷いた。 夕方の五時過ぎである。空は茜色に染まり、窓から見える街の景色は薄く影をまとっていた。春分を過ぎ夏至に近付いているため、日の入りは大分遅くなっている。 「何だコレは?」 机に立ったラセンが聞いてきた。 オーキが作ったもの。厚紙の空き箱をナイフで半分くらいに切ってから、中にタオルを敷いた簡単なベッドだった。布を丸めて中に綿を詰めた枕が一緒に入っている。 「お前の寝床だ。不満か?」 箱を持ち上げながら、オーキはラセンを眺めた。 尻尾を左右に動かしながら、ラセンは腕組みをする。 「猫か犬の寝床にしか見えんが。お前のベッドを寄越せとは言わん。だが、もう少し気の効いたものを作ってもいいだろう? 手抜きすぎるぞ」 「イヤなら床で寝ろ」 床を指差し、オーキは迷わず告げた。 掃き掃除をして雑巾掛けもしたので、掃除をしてあるので埃は落ちていない。寝る気になれば寝られる。板張りなので寝づらいだろうが。 「……うー」 尻尾を下ろし、ラセンが肩を落とす。 この即席ベッドで寝る以外に選択肢はない。 ふと思いつき、オーキはラセンの頭に手を置いた。 「抱えて寝たら、寝心地いいかな? 抱き枕みたいで」 そんな事を口にする。単純な出来心だった。身長五十センチ強の大きさ。小さめの抱き枕と考えれば、丁度いいかもしれない。 「ほほう。アタシと臥所を共にするというのか? なかなか度胸のある男だ。お前の性格は気に食わんが、そういう所は嫌いではないぞ?」 目を細め、薄く微笑むラセン。小さな顔に映る妖艶さ。 「撫でるくらいなら構わん」 手で上着の襟元を引っ張り、首元をはだける。見えたのは肌ではなく、首元まで覆うハイネックの黒い肌着だった。黒いレオタードのようなものを着ているらしい。 小さな身体とは裏腹に妙な妖艶さが、そこにあった。 「………」 オーキは目蓋を下げて手を引っ込める。 「怖じ気づいたか」 ラセンが勝ち誇ったように尻尾を左右に動かしている。頬が赤く染まり、口元が緩んでいた。オーキを退けたことが嬉しいらしい。その辺りは子供っぽい。 今更ながら違和感を覚え、オーキは呟いた。 「一応、お前って人形なんだよな?」 「身体はな」 ラセンが答えた。 「その割には随分とよくできてるな」 呟きながら、オーキはラセンの手を掴む。 小さな手。赤ん坊の手よりも小さいだろう。肌は滑らからで、ほのかに暖かい。魔術人形と思っていたが、改めて観察してみると背中のネジを除いてラセンはおよそ人形らしくはない。異様に精巧なのだ。 「手とかも人間とそう変わらないんじゃないか? 小さいけど、しわや指紋まできっちり作ってあるし……。まるで本物のみたいだ」 「言われてみれば、そうだな」 自分の手を眺め、ラセンが今更ならがそんな事を言う。 瞬きをして、手を一度握り締め、開いた。それらの動作に機械的な部分は無い。素人目にも生物と変わらぬ滑らかさを持っているように見える。 「アタシもこの身体のことはよく知らないんだ」 身体を捻り背中を見た。 背中の中程にある鈍い色のネジ。今もゆっくりと回っている。ゼンマイで内部の魔術機構の始点を動かしているらしい。その辺りはオーキには分からなかった。 「元は生身だったしな」 遠い目で窓の外を眺める。 夜狐の女王。ラセンは自分をそう称している。本人の話では北の大山脈から人里に下り、色々あって退治され、気がついたらフリアルにこの身体に押し込められていた。一応話に大きな矛盾や不自然な点は無い。 「それはただの設定だろ」 「設定ではない。事実だー!」 「うむぅ」 寝床に横になったラセンが唸る。 夜の九時。寝間着に着替えたオーキはベッドに座って、ラセンを見下ろしていた。そろそろ寝る時間である。あまり夜遅くまで起きていないのは、昔からの習慣だ。 「困った……」 ラセンは白い上着と赤いスカートのまま寝床に入っていた。着替えは持っていないのでこの恰好のままである。後で寝間着を作ろうと、オーキはこっそりと決めた。 横向きに寝ているラセンだが、その顔は不満げだった。 「ネジが邪魔だ。これでは仰向けになれないぞ……」 背中のネジに手を触れ、眉を寄せている。 横向きから仰向けになるには、ネジが邪魔だった。無理矢理仰向けになると、大きく仰け反った姿勢になってしまう。それでは意味がない。 「箱を二重底にして、ネジがある部分に溝作れば、一応仰向けに眠れるようになるんじゃないか? お腹の辺りに違和感はあると思うけど」 「改造してくれるのか?」 「面倒くさい」 ラセンの問いに、オーキは即答した。 「言うと思った」 |
12/5/31 |