Index Top ネジまくラセン! |
|
第3話 その趣味は |
|
「小僧。ひとつ言いたい事がある」 ラセンがそう言った。台所から自分の部屋まで戻る道のり。一軒家の中なのでそう遠くはない。もっとも普通の家よりは大きいだろう。 階段を上りながら、オーキは応える。 「何だ?」 「アタシは荷物じゃないんだから、こういう持ち方はやめろ」 オーキの脇に抱えられたまま、ラセンが眉を傾けた。胴体に腕を回し、お腹の辺りを手首で押える体勢。中に機械が入っているせいか、見た目よりも重い。 「コレが一番持ちやすいから。文句言うなら自分で歩け」 「せめてもう少し大事に扱え」 自分で歩くとは言わないらしい。 そうしているうちに、部屋に着く。 オーキはドアを開けた。 「しかし、改めて殺風景な部屋だな」 ラセンが部屋を眺める。 部屋は広く、オーキの実家の自室よりも大きかった。窓は南と西向きにひとつづつ。置いてあるものはベッドと机だけだ。空箱が三個、隅に転がっている。窓にはカーテンも付いていない。元々物置だったので仕方ないだろう。 「まだ引っ越したばかりだし。これから増えていく予定だ」 机に歩いていき、ラセンを上に置いた。 改めて見ると人形のようである。手で持てるくらいの大きさであること、背中にネジが付いていること、狐耳と尻尾が生えていることを除けば、ただの女の子だろう。 ラセンが机に置いてある箱に気付いた。 「それは何だ?」 両手で持てるほどの大きさで、材質はケヤキ。箱の上側は左右に開くようになっていて、下には引き出しが付いている。十年以上使っているので、表面は滑らかだ。 「裁縫箱だ」 オーキは蓋を開ける。 中には針と糸、糸通しや指貫などの裁縫道具が入っていた。下の引き出しには裁ち鋏や色鉛筆などの長いものが収められている。 「ほほう」 腰に手を当て頷きながら、ラセンは裁縫箱を観察していた。ぱたぱたと尻尾を振り、 「男のくせに手芸が趣味とは珍しいやつだな」 「昔からよく言われるよ」 苦笑いをしながら手を振る。裁縫が趣味の男は珍しい。そう言われることはもう慣れてしまった。祖母が縫い物をしているのを見て真似をして始めたのが最初である。自分の手で布が服へと変わっていく様子を見るのが面白い。 ラセンは左手を腰に当て、右手で自分を指差した。 「ではさっそくだが、アタシに似合うドレスを作れ」 オーキは丸めた人差し指をラセンの顔の前に持ってくる。デコピンの形。 「ひっ」 額の前で両手を交差させ、尻尾を伏せるラセン。防御態勢らしい。顔の前に腕を持ってきているせいで、視界が完全に閉ざされている。目も閉じているので何も見えない。防御しているはずが完全に無防備になっていいる。 オーキは手を引っ込め、ラセンの頭に付いた狐耳を指で摘んだ。 「あぅ」 ラセンが手を下ろす。ぴんと尻尾が立った。 赤い目を見開き、口をぱくぱくさせている。 「あっ……」 三角形の耳で、先端が黒い。狐耳の手触りは硬い布のようだった。本物に似ているかはわからない。昔、猫の耳を触った時の記憶を引っ張り出し、ラセンの狐耳と比べてみる。似たような手触りだろう。 手を放すと、ラセンが前のめりに倒れた。 「勝手に、耳を触るな……!」 目元に涙を浮かべ、ラセンが睨み付けてくる。腰が抜けてしまったようで、うつ伏せになったまま動けないようだった。耳は弱点らしい。 オーキは腰から伸びる尻尾を摘んだ。 「お――ぉぉ……」 ラセンの動きが一瞬止まる。目を点にして口を丸くする。 もこもことした手触りだった。しっかりと芯があり、それを包むように黄色い毛が生えている。先端は白い。狐の尻尾は触ったことがないが、本物に近いのだろう。 尻尾から手を放すと、ラセンが机に突っ伏した。 顔を上げることもできず、ひくひくと痙攣している。 「面白いな」 「アタシはおもちゃじゃなーい!」 叫びながら顔を上げる。 「ドレスか……」 さきほどラセンが口にした言葉を思い返しながら、ラセンのスカートを見る。折り目が見えないかと思うほど滑らかな生地だ。高級品である。尻尾の部分は裾から付け根まで縦に切れ目が付いていた。 「よさそうな生地が入ったら作ってやるよ」 「ふむ。それはよい心がけだ」 うつ伏せのまま、満足げにラセンが頷いた。 オーキは続ける。 「デザインは俺が決めるけどな。そもそもドレスを作るとも限らないし、作ったものはとりあえず着てもらうけど」 「………。もしかして、アタシのことを着せ替え人形の類と考えていないか?」 両手を机につき、ラセンは身体を持ち上げる。 「うん」 あっさりとオーキは肯定した。 |
12/5/24 |