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第2話 夜狐の女王 |
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「むー」 テーブルの上にラセンが腕組みをして立っている。眉を内側に傾け、威嚇するように赤い瞳に力を込めていた。狐耳と尻尾を立て、髪の毛を少し逆立てている。 「なるほど。大体話はわかった」 ラセンを眺めながら、クリムが頷いた。 赤い上着に灰色のスカートという恰好をしている。年齢は五十過ぎ。赤い髪をポニーテイルに縛って、ラセンを眺めていた。魔術博士ナナ・クリム。ラセンのスカートに書かれているフリアルの娘である。 オーキの親戚であり、この家の夫人でもあった。 「確かにこれは父の作ったものだね。本業じゃなくて趣味の方だけど。この癖のある術式は早々真似できるもんじゃないし、する人間がいるとも思えない」 「これからどうしましょう?」 ラセンを目で示し訊く。 魔術人形の仕組みはよく分からないが、詳しい人間は身近にいる。作り手であるフリアルの娘なら適任だろう。家にいたクリムにラセンを見せ、オーキは事情を話した。その結果が先の台詞である。 「君が貰っていいよ。君が見つけなければ箱詰めのままだったろうし、私が預かっていても使い道がない。それに術式の癖が強すぎて人に売れるものじゃないし、分解するのももったいないし」 「待て、コラ」 ラセンが声を上げた。 ふっと鼻息を吐き、オーキとクリムを順番に見上げる。 「黙って聞いていれば好き勝手な事を言って。勝手にアタシをそいつの持ち物にするな。アタシはアタシのものだ。他人の指図など受けん!」 「あんた一人でどうやって暮らす気だい?」 苦笑いとともに、クリムが背中に付いたネジを指差す。 「へ?」 今まで強気だったラセンの目に不安が写る。 かちり、と小さな音を立ててネジが一回転した。 「一日ゼンマイを巻かずにいれば、それだけで動けなくなるぞ? 色々と機能は付いてるけど、あんたの基点は背中のゼンマイだからね。それに、あんたの身体は小さいし力も弱いし、一人だと色々苦労するぞ?」 ラセンは背中に手をやりゼンマイに触れる。背中に直接刺さった銀色のネジ。上着はそこまで切れ込みがあり、下を留める構造のようだ。自分で回そうと手を動かすが、自分では回せないらしい。 ネジから手を放し、ラセンはオーキに向き直った。 「よし、お前にアタシの世話をさせてやる。光栄に思え!」 得意顔で言い切る。 オーキは無言でラセンの頭に手を置き、指に力を込めた。 「待てっ、潰れる! 潰れるっ!」 慌てて手を掴み返すラセンだが、力が弱いので引き剥がすには至らない。 もっとも本気で潰すような力は込めていない。それでもラセンにとっては頭を握り潰されるような恐怖があるようだった。 数秒怖がらせてから、手を放す。 「うぅ」 両手をテーブルについて肩で息をしているラセン。その目元に薄く涙が浮かんでいた。どういう仕組みか涙は出るらしい。 ジト眼でクリムが見つめてくる。 「君も結構な趣味しているね」 「いえ」 視線を逸らすオーキ。 そうしているうちにラセンが復活した。汗を拭うように袖で額を擦る。 「くそ。夜狐の女王たるものが、こんなザマとは――無念」 悔しげに手を握り締め、歯を噛み締めた。ラセンの理想の自分は、非常に強く逞しいものらしい。今の姿はその理想とは正反対である。 「最初にも言ってたけど、夜狐の女王って何だ? 初めて聞くぞ」 夜狐。意味をそのまま考えるなら夜の狐だろう。初めて聞く単語である。何かを意味する換喩なのかもしれない。その女王。立派な肩書きだった。 偉そうに腕を組み、ラセンが口端を上げる。 「ふむ、知らぬか。ならば教えてやろう。かつて北の大山脈より地に下り、暴れ回った怪物よ。いくつもの街を壊し、幾千もの人を殺め――白銀の剣を持った人間に討たれた……。しかし気がつけばこんな身体にされて――」 右手を握り閉め悔しげに首を振った。 この大陸の北には氷と雪に閉ざされた大山脈がある。そこには人智の及ばぬバケモノが住んでいると言われていた。外界と隔絶した場所なので詳しい事は知らない。事実とも創作とも分からぬ話は時々耳にする。 「そういう小説があった」 クリムが付け足す。あっさりと。 「小説?」 話が理解できずにオーキは首を捻った。 「かなり昔の小説だよ。それに夜狐の女王という敵が出てくる。設定がこの子の言った感じだ。性格は随分違うけどね。多分、この子はそれを元に人格設定をしたんだろう。北から怪物が下りてきて暴れたという話は聞いた事がない」 「なるほど……」 大体の経緯を理解する。 「小説ではない。事実だー!」 両手を振り上げラセンが叫んだ。 |
12/5/17 |