Index Top 第8話 落ち葉の季節 |
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第2章 落ち葉の使い方 |
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鞭のような尻尾を動かしながら、リリルが竹箒を動かしていた。 「おーい、コースケ……。いくら掃いても減らないぞ……」 げんなりと呻く。 箒の頭が地面を撫でるたび、大量の落ち葉が掃き集められていた。茶色や黄色、赤色に変化した木の葉。地面が見えなくなるほどではないが、大量に落ちている。箒を少し動かせばすぐに小さく集まるほどに。 「そんなもんだって」 落ち葉を掃き集めながら、浩介は適当に返事をした。 空は高く透き通り、羽のような雲が浮かんでいる。秋も終わりにさしかかった晴天。午前中の空気は冷たく心地よい。微かな風に狐色の髪が揺れている。 一度箒を止め、リリルは額の上に手を添えた。遠くを見るように。 「そもそも何でこんな林ん中に家建ててるんだよ」 家の周りに広がるのは、街の一区画分ほどの林だった。広葉樹が八割だが、松や杉も生えている。浩介の家は街の外れに位置するが、それでも街中に忽然と現れる林は不思議なものだった。家も無駄に大きく、一階に十二部屋、二階に十部屋もある。 「何なんだろうな?」 落ち葉を掃きながら、浩介は眉を寄せた。 「俺も知らないし、宗一郎さんも知らないって言ってた。慎一や結奈に訊いても分からないって言われたし。一種の重りなんじゃないかとは言われたけど」 二百年ほど前に、守護十家のどこからか樫切一族の誰かをここに住わせるようにと命じられたと伝わっている。その担当が浩介の一家だった。詳細は知らない。守護十家の一員である慎一や結奈に訊いても、知らないという答えが返ってきた。 秘密というよりも、本当に忘れられているようである。 「なんでもいいけどな」 余り興味が無かったのか、リリルは箒の動きを再開する。 が、すぐに動きを止めた。 金色の瞳を光らせ、口元ににやりと笑みを浮かべる。 「燃やしちゃ駄目か? 魔法でぱーっと」 持ち上げた右手の人差し指から、小さな魔法の炎が生まれた。蝋燭の火くらいの大きさで、静かに燃えている。魔法の炎は使用者の意志でかなり自由に操れるようだ。だが、完璧ではない。炎系は基本的に細かな制御が効かない。 「駄目だろ」 冷静につっこむ浩介。 魔法の炎で庭の落ち葉を燃やすことはできるが、庭の落ち葉だけをきれいに燃やすことはできないだろう。どこかに燃え移ったら大変である。 右手を一振りし、リリルは炎を消した。 「こういう地道な片付け作業って嫌いだ」 落ち葉を竹箒で掃きながら、呻く。 自分に関わる事はしっかりやるが、自分に直接関わりがない事には適当なリリル。落ち葉掃除の話を聞いた時から露骨に嫌がっていた。こうして大人しく掃除しているのも、浩介の命令があるからである。 色々あって作られた、完全従属の契約。 リリルは浩介の命令に一切逆らえず、意志とは無関係に可能なまで実行する。 箒を動かすリリルに、浩介は訊いてみた。 「俺が好きになれって命令したら、好きのなるのか?」 「多分、なるんじゃないか?」 あっさりとリリルは頷いた。他人事のように。 眉を寄せ嫌そうな顔をしながら、続ける。 「でも、やるなよ。お前に自覚は無いようだけど、お前は命令だけでアタシの人格をぐちゃぐちゃにできるんだ。無茶な事させられないのはありがたいけど、変なノリで変な命令されたくはないから、一応自覚しておけよ?」 威嚇するように睨んできた。口元から牙を除かせている。相手に自分の全てが握られている状況なのに普通に威嚇ができるのは、そういう性格なのだろう。 「完全従属って凄いな」 明後日の方に目を逸らしながら、浩介は尻尾を左右に動かした。 人格から生死まで、リリルの全てが浩介の支配下にある。――なのだが、浩介自身リリルをどうこうしたいという考えはなく、あまり命令をすることもない。浩介にとっては妹ができたようなものだった。 「……何でこんな事になっちまったかねー?」 額を押さえ、リリルが呆れたように空を見上げていた。 微かな音とともに、周囲の木から枯れ葉が落ちてくる。一度掃いてきれいにした場所にも、少しづつ新しい落ち葉が現れていた。 今日は見える範囲を全部掃く予定だ。 息を吸い、箒を動かしたその時。 「こんにちはー」 明るい声がした。 家の正門から、リュックを背負った少女が歩いてくる。 「凉子さん?」 「リョーコ、何しにきた?」 浩介とリリルは同時に声をかけた。 風無凉子。外見年齢は十代半ばで、高校生くらい。実年齢は五十四歳らしい。背中の中程まである黒髪と猫目、頭にはぴんと立った猫耳、腰の後ろから黒い尻尾が伸びている。頬には三本のヒゲが生えていた。猫神である。 頬のヒゲは凉子の家系特有のものらしい。 「やってるねー」 楽しそうに笑いながら、浩介たちの元へと歩いてくる。 「今日は仕事着じゃなんだ」 浩介は凉子の服装を見た。 黒いワンピースに白い羽織、そして乖霊刃の三本差し。それが浩介の所に来る凉子の服装だった。浩介の面倒を見るのは仕事の一部なので、死神としての制服を着ていると凉子は説明している。 今の恰好は黒いジャケットに、白いズボンという簡素なものだった。 「うん。仕事なら死神装束来てくるけど、今日は友達として遊びに来たから。だから私服ってわけ。落ち葉が大変って言ってたから手伝いに来たよ」 庭の落ち葉を眺めながら、凉子は楽しそうに笑っている。 「それは助かる。ありがとう」 緩く笑いながら、浩介は礼を言った。 凉子にも落ち葉のことは伝えていた。しかし、落ち葉掃除の手伝いは頼んでいない。この落ち葉掃除は浩介の家のことなので、凉子に手間を掛けさせたくなかったのだ。 しかし、凉子はこうして手伝いにやって来た。 「手伝ってくれるのはありがたいが、何企んでるんだ?」 警戒するように目蓋を下ろし、左手を腰に当て、リリルは凉子を睨んでいる。金色の瞳に淡い殺意を浮かべ、黒い尻尾がぴんと伸びていた。 凉子はその威嚇を気にも留めずに受け流す。 「企んでるって。人聞き悪いよ」 ぱたぱたと右手を振りながら、凉子は答えた。 背負っていたリュックを地面に下ろし、左手を腰に当てた。見開かれた猫目。ぴんと伸びた猫耳と尻尾。頬のヒゲが揺れている。凉子の身体を包む、よく分からない迫力。持ち上げた右手を大きく動かした。人差し指で庭全体を示すように。 高らかに宣言する。 「これだけ落ち葉あるんだから、焼き芋でしょ!」 「焼き芋か」 凉子の考えを理解し、浩介は頷いた。 普段は纏めて燃えるゴミとして捨てているが、焚き火の材料には最適だろう。落ち葉だけでは持続力が足りないが、枯れ木や古い木材など燃やすものはある。 焼き芋を作るのも難しくはない。 凉子はゆらゆらと尻尾を動かしながら、リュックを開けている。 「あとは肉や野菜やキノコをホイル焼きにしてみたり。そういうのやってみたいと思ってたんだ。でも、焚き火作れるほどの落ち葉って案外無いものだから」 取り出したのは、アルミホイルと新聞紙。ブロックの肉や野菜やキノコ。醤油やマヨネーズなどの調味料も用意されている。本気で焚き火料理を作る気のようだった。 「こういう時、トビカゲのヤツがいれば、何か作ってくれるんだろうけどな。あいつはそういうの得意みたいだし」 東の方向――結奈のアパートの方向を一瞥し、リリルが呟く。 結奈の元にいるクナイの憑喪神の飛影。戦闘用憑喪神なのだが、その力を生かすこともなく、結奈のところで家政夫化している。しかし、元々才能があったのか、家事全般の技術は非常に高い。料理類は大抵のものは作れると言っている。 「飛影君は反則だよ」 凉子は苦笑いをみせた。呆れと嫉妬の混じった表情。 苦笑いを引っ込めながら、 「でも、美味しい焼き芋食べさせてあげるから、期待して待っててね」 「期待せずに待ってるわ」 左手を動かしながら、リリルが落ち葉掃きを再開する。興味無さそうな態度を見せていうが、リズムを取るように動く尻尾が、興味の大きさを現わしていた。 「というわけで、凉子さんも落ち葉履き手伝ってくれ」 浩介は凉子の前に竹箒を一本差し出した。 箒を受け取り、凉子は握った拳を高く振り上げる。 「さあ、三人でさっさと終わらせちゃおう!」 |
11/12/29 |