Index Top 第8話 落ち葉の季節 |
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第3章 焼き芋 |
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パチパチと木の爆ぜる音。 集めた落ち葉を小山にして、枯れ枝を加えたもの。枯れ枝は林を歩き回れば大量に手に入るし、家の庭にも落ちていた。そこに丸めた新聞紙を押し込み、火を付ける。火の術でもよかったが、雰囲気という事でマッチを使用。 落ち葉から燃え上がる赤い炎。 「焚き火はいいねー」 目を細めながら、凉子が揺らめく炎を眺めている。小さな椅子に座って、枝で焚き火をつついていた。焚き火の隙間に空気が入り、炎が大きくなる。 「風情あるよな」 青い空を見上げ、浩介は呟く。 物置から持ってきた折りたたみの椅子。 高く澄んだ秋の空と、冷たい空気。そして、焚き火の赤い炎。木の弾ける音と、枯れ葉の燃える音。薄い煙が音もなく空へと昇っていく。 素朴な秋の風景だ。 リリルが竹串に刺したマシュマロを火に近づけている。台所から持ってきた長い竹串とおやつ用のマシュマロ一袋。火で直接炙るのではなく、火から少し離れた所にかざしていた。焚き火の熱が、マシュマロに伝わっていく。 表面が薄く狐色に変わり、僅かに焦げ目が付いたところで火から離した。何度か息を吹きかけて冷ましてから、マシュマロを口に運ぶ。 頬を緩め、何度か噛み、満足げに息を吐いた。 そこで、自分に向けられた視線に気付く。 「何見てるんだよ」 リリルが浩介と凉子に向き直り、目蓋を下ろした。 浩介は頭をかきながら、狐耳を伏せ、目を逸らす。 「あまりに美味しそうに食べてるから。思わず見入ってた」 「リリルって甘いもの好きだね。ケーキとかお団子とかよく食べてるし」 凉子は笑いながらリリルの頬をつつこうと指を伸ばす。が、あっさりと払われた。凉子はリリルをオモチャのように見ているが、リリルはそれが気に入らないようである。 リリルは横の袋から新しいマシュマロを取り出し、それを竹串に刺した。 「子供だからな。甘いものが好きなのは当たり前だ」 そう言って、マシュマロを火にかざす。 本人の話では、甘いものが好きなのは元かららしい。甘いもの好きな盗賊では様にならないと、以前は見栄を張って甘いものを口にすることがなかった。色々あって子供になってしまい、今度は開き直って好きなものを食べているようだ。 「焼きマシュマロか。私も食べたい」 と右手を差し出す。 「焼くのは自分でやれよ」 リリルはマシュマロの入った袋と竹串を一本、凉子に渡した。自分はマシュマロを一本竹串に刺して再び火にかざしている。 凉子は袋と串を受け取り、リリルのように竹串にマシュマロを刺した。 「こんな具合かな?」 リリルの真似をするようにマシュマロを火に近づける。火には直接触れさせずに、少し離れたところへと。見る間に表面が茶色に変わっていった。 凉子は慌ててマシュマロを放し息を吹きかける。 「案外焦げやすいんだね」 左手でヒゲを撫でながら、マシュマロを口に入れた。 「あ。美味しい」 満足げに頬を緩めてから、 「浩介くんも食べる?」 「甘いものたべると、あとで焼き芋食べられなくなっちゃうからさ。遠慮しておくよ」 愛想笑いを浮かべながら、浩介は右手を持ち上げた。食事の前に甘いものを食べると、それだけで満腹感が出てきてしまう。 「それじゃ仕方ないね」 凉子はあっさりとマシュマロを焼く作業に戻った。 ほどよく焦げたマシュマロを口に運びながら、リリルが凉子を見る。 「焼き芋はどうするんだ?」 「そだねー」 凉子はリュックから紙袋を取り出した。 紙袋から取り出したのは、サツマイモ。赤紫色の皮と細長い形。泥などはきれいに落としてあり、すぐに焼き芋にできるように前準備は済ませているようだ。 凉子はサツマイモを持ち上げ、 「これを濡れた新聞紙にくるんでから、さらにアルミホイルで包んで、焚き火の下の方に入れてから、一時間半くらい待てばできるかな?」 「一時間半か。思ったよりも時間かかるな」 竹串を噛みながら、リリルは尻尾を曲げた。 焼き芋は意外と難しい。単純に芋を火に放り込んでおけばできるものではない。火に放り込むだけだと、芋が燃えてしまう。適度に低温な場所で、じっくりと熱を加える必要があるのだ。出来上がるまでの時間も意外と長い。 「焼き芋って言うけど、蒸し芋って言う方が近いし」 焚き火に落ち葉を加えながら、浩介は続けた。 凉子は袋からジャガイモを取り抱いた。 「ジャガイモも焼き芋にしてみようか? サツマイモとは違うけど、焼き上がってからバター乗せて食べるのも美味しいよ。マヨネーズもあうかも。肉と野菜は塩胡椒してから蒸し焼きにしてみようかな?」 楽しそうに尻尾を動かし、焚き火料理を考えている凉子。 赤く燃える炎。揺らめきながら落ち葉を燃やしていた。茶色く枯れた葉に火が付き、端から燃えながら灰になっていく。静かに立ち上る白い煙。一緒に放り込んだ枯れ枝が爆ぜる音が時々聞こえる。落ち葉が焼ける独特の香り。 凉子はタマネギを持ち上げた。 「それに、タマネギ丸焼きってのも美味しいかも」 頬に生えたヒゲを揺らしながら、口元を緩めている。猫がタマネギを食べると危険だが、猫神は猫っぽい神なので平気らしい。 「やっぱトビカゲ連れてくるべきだろ」 金色の目で凉子を眺め、リリルが呟いた。 凉子は尻尾を動かしながら、目を細める。 「結奈も誘ってみようと思ったんだけどね。何か用事があるって言ってた」 「あいつは連れてくるな」 ジト眼でリリルが唸る。 焚き火が燃え上がらない程度に落ち葉を加えながら、暇を潰す事一時間半。 燃え尽きた落ち葉の灰が地面に溜まっている。灰の上では落ち葉が小さく燃えながら白い煙を上げていた。もういい頃だろう。 浩介は枝を灰の中に差し込み、中の芋や肉野菜の包みを外に取り出した。 「どうかな? ちゃんとできてるかな?」 凉子は軍手を嵌めた手で、芋を拾い上げた。アルミホイルの表面には灰が付いている。アルミホイルを剥がし、中の濡れた新聞紙も剥がすと、蒸し上がった芋が現われた。 「いい感じじゃないか」 鼻腔をくすぐる甘い香りに、浩介は狐耳を立てる。 凉子は焼き芋をふたつに折った。白い湯気を立てる黄色い身。 「それじゃ、いただきまーす」 凉子は笑顔で焼き芋に噛み付いた。 少々熱いのかはふはふと息を吐き出しながら、焼き芋を咀嚼している。猫耳を揺らし、尻尾をぴんと立てていた。頬に生えたヒゲが揺れる。 「美味しい」 至福の表情で呟く。 リリルが両手に軍手を付け、焼き芋を灰の中から掘り返していた。アルミホイルと新聞紙を向き、右手の軍手を外して、紫色の皮を剥がしていく。中から姿を現わす、しっとりとした黄色い身。微かに湯気をたなびかせている。 「良い具合に焼けてるじゃないか」 そう感心してから、焼き芋にかぶりつく。 「旨いな」 頷いてから、焼き芋の残りも食べ始める。 浩介も焼き芋に噛み付いた。サツマイモの繊維質と適度な柔らかさが、歯に返ってくる。そして控えめな甘さ。焚き火の中にあったたのだが、思ったよりも熱くはない。 「なんとかなるもんだな」 頷きながら、焼き芋を食べていく。 他にも焼きジャガイモや肉野菜のホイル焼き、タマネギの丸焼きなども残っている。食べるべき量はそれなりにある。 焼き芋を食べ終えてから、浩介は空を見上げた。 白い太陽が南の空に浮かんでいる。落ち葉掃除は思いの外早く終わってしまった。凉子が妙に張り切っていたのも理由のひとつだろう。午後までかかると思った掃除が午前中で終わってしまった。逆を言うと、午後の予定が空いてしまった。 「三人でやったから早く終わったけど、午後は何しようか?」 「そうだな――」 新しい焼き芋を取り出しながら、リリルが口を開いた。 浩介に向き直り、言ってくる。 「ちょっとお前を連れて行きたい場所があるんだ」 |
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